ククリア学園 紳士二人、乙女二人-5-

ククリア学園

-Astorni & Isukarna-

紳士二人、乙女二人-5-

 
 モンブランとアイネズ・フレデリックが側までやってくると、セリーナ・ギローは即座に二人に駆け寄った。
 アイネズ・フレデリックの方も、疲れた様子ではあったが、嬉しそうな顔でモンブランから離れるとセリーナ・ギローに取りすがる。
 マクシムはモンブランが一瞬淋しげな表情をしたのを見逃さなかった。
 そしておそらく自分が同じ表情をしたのを、彼の方も確認したであろうことも、自覚する。
 何も言わずに視線を交わして頷きを一つ。
「アイネズ……顔色が悪いじゃないの……大丈夫なの? 医務室に行ってくれば良かったのに……」
「だって……ちゃんと戻って来るって……約束したもの……」
「もう……そんなことを気にしなくてもいいのに……私の事より自分の体の事を気にしなくては駄目でしょう?」
 セリーナ・ギローはアイネズ・フレデリックを支えながら、一頻り気遣う様にすると、モンブランを見上げた。
「サー・モンブラン・ビーニャス――本当にありがとうございました」
「いえ。ですがレディー・ギロー。レディー・フレデリックは出来れば医務室に行かれるか、そうでなくとも控室で休まれた方がいいかと思います」
「はい――そうしようと思います。良いわよね? アイネズ」
「私は……大丈夫なのに……」
「そんな青い顔で言っても説得力がなくてよ。今度は一緒に行くから――控室で休みましょう?」
 アイネズ・フレデリックは不満そうではあったが、頷いた。
 マクシムとモンブラン。セリーナ・ギローとアイネズ・フレデリック。四人で向き合う。
「本当にありがとうございました――サー・マクシム・マレット、サー・モンブラン・ビーニャス」
「いいえ。私たちは特に何もしておりません」
 マクシムの言葉に、セリーナ・ギローは微笑む。
「今日もお二人にお声を掛けて頂いて嬉しゅうございました――それでは私たちはこれで失礼いたします。この後もお仕事の方、頑張って下さいませ」
 セリーナ・ギローの優雅なお辞儀。細いラインのドレスの裾は、摘みあげると美しく広がった。アイネズ・フレデリックも、セリーナ・ギローに捕まりながら頭を下げてくる。
 そしてそのまま二人は寄り添うようにして、ゆっくりと歩いて行った。
 その背が見えなくなるまで、並んで見送る。
「――マクシム」
 モンブランの静かな声。
「――ん?」
 聞かれることの予想はついている。
「――話せたのか?」
 苦い笑いを返す。
「まあ……少し、ね」
 時間としてはそれなりの時間二人でいられた。けれど視線を合わせる事もなく、ただ並んで、落とした言葉を拾い合っていただけ。最後に自分の気持ちを告げはしたが、それがちゃんと届いたのかもわからない。笑みを浮かべてくれた。頬を染めてくれた。光栄だと言っては貰ったが――社交辞令なのかもしれない。
 モンブランは探る様にマクシムを見たが、何も言わなかった。こういう時に、踏み込んでこない彼の気遣いがマクシムには有難い。
「貴方の方も――見つめ合うだけでなく、話せたのかな?」
 モンブランは緩慢な動きで前髪を掻き上げる。
「まあ……少し、な」
 マクシムと同じ返答。それだけで何となく、モンブランも同じような心境なのだろうと察せられた。故にマクシムもそれ以上は何も言わない。
 腹の奥から深く息を吐いて、姿勢を正す。内ポケットから懐中時計を取り出して確認する。
「十七時半、か」
「そろそろ終了の時間だな」
「こちらは特に何事もないし――本部の方を覗いてから、中等部の方を確認しに行こうか」
「ああ。そうしよう」
 最後にもう一度辺りを見回してから、二人は西庭を後にした。





 十八時半。交流会二日目も無事に終了した。今日は最後まで大きな騒ぎが起きる事もなく、全体として満足のいく運びだった。
 会の様子を見ていた学園、学院双方の教師たちの評判も良く、このまま行けば交流会は定例になり、早ければ年内、秋辺りに二度目の交流会を行ってはどうかという話まである。
 しかしそんな先の話に思いを馳せるのは、まだ早い。
 交流会の運営を行ってきた学園の者たちは、片付けに慌ただしく奔走している。全体の本格的な片付けは、休日となった明日に行われることになっていたが、当日中にある程度のところまでは済ませておきたい。日が長くなり始めた初夏の宵。まだ太陽の光が僅かにある内にと、作業が続いている。
 二人で行動することが多いマクシムとモンブランも、今は手分けをして、作業の指示をしていた。
 マクシムは前庭、本部で様々な報告を受けながら、そのすべてを処理していた。指示が必要な所は指示をし、確認を求められたところは確認をして許可を出す。
 猛烈な勢いで、様々な雑事を処理していく。間断なく作業に没頭していれば、余計なことを――実際には少しも余計なことなどではないのだが――考えなくて済む。
 ともすればマクシムの思考を占めるのは、ただ一人、柑橘色の髪の乙女のことばかり。交流会が終わってしまっては、手の届かない幻となってしまった。次に顔を合わせられるのは、恐らく秋の交流会で、それも本当に開催されるとは限らない。
 あまり気は進まないが、中等部ではあるけれど同じ学院に通う妹に掛け合えば、繋がりが持てるかもしれない――などと考えては、物品撤収手順の指示等をすることによって打ち消すを繰り返す。
 気を抜けば思い浮かぶのは、彼の女性(ひと)の微笑みと
「サー・マクシム・マレット」
 優しい呼びかけ――マクシムは、書類を捲る手を止めて硬直する。脳裏に響いていた声が、現実のものと違わず重なった。
 顔をあげれば目の前に、幻になったと思われた女性(ひと)――セリーナ・ギローが立っている。
 セリーナ・ギローは余所行きの化粧を落とし、控えめな紅を指している。結っていた髪の毛も下ろされて、自然な印象だ。身に着けているのはドレスではなく、聖イスカルナ女学院の制服。おそらく普段の彼女の装い。
「……レディー・ギロー……」
 茫然と呼びかける。目の前に彼女がいることが、信じられなかった。
 セリーナ・ギローは穏やかな微笑みを浮かべて、マクシムに近づいてくる。
「お仕事、お疲れ様です。会の方が終わっても、お忙しそうですね……」
 気遣いの言葉にゆっくりと首を振る。
「いえ。会の幕引きまでが我々の仕事ですから。それよりも――何か、ございましたか?」
 問いかけると、セリーナ・ギローは少しだけ何か迷うようにしながらも、マクシムに手を差し出した。見れば、白い布のようなものを握っている。
「こちらがテラスハウスの入り口に落ちておりましたので、お届けに。男性物のようでしたので、学園の方のものではないかと」
 手渡されたのは、紳士用の白い手袋。今日の会では参加者全員に手袋の着用が義務付けられていた。
「これは……確かに、我々学園の者の持ち物でしょう。わざわざ、ありがとうございます」
「いえ……。それでは失礼いたします。本日は、まことにありがとうございました」
 制服の裾を両手で抓みあげてされる優雅な礼。ドレスを纏っていた時と何も変わらない。本物の淑女の振る舞い。
 セリーナ・ギローは鮮やかな動きを披露すると、すぐさま身を翻した。小走りに、テラスハウスの方へ駆けていく。
 引き留める間もなかった。
 否、そもそも引き留めたとして何が言えただろう。周りには他の生徒もいる。先ほど二人でいた時の言葉を繰り返すわけにもいかない。
 やはり近いようで遠い――我知らず、手渡された手袋を握りしめ
「……?」
 違和感を覚える。布を握りしめた感触とは違うものが、手に伝わってきた。
 そっと手袋を開いて――マクシムは、息を呑んだ。





 夜。
 アストルニ学園、寮の一室。
 モンブランは備え付けの簡単な調理台で、珈琲を淹れている。
 マクシムは持ち帰った書類の整理をしていた。
「とりあえず、終わったな」
 淹れたての珈琲の香ばしい匂いが、部屋に満ちていく。モンブランは湯気の立つカップを、マクシムに手渡した。
 マクシムはそれを掲げることを礼に代え、口を付ける。程よい苦みが、体の隅々に沁みていくようだ。
「なんとか……ね。まあ、まだ明日の片付けが残っているし……」
「俺達は、その後の報告書の作成やら事務処理が残っているな。見通しとしては、来週いっぱいはかかりそう、か」
「なるべくもっと早く終わりにしたいけれどね。しかし、教師陣は今年中にもう一度、などと言っているし……それが本気だとすると、今回の会の後始末が終わっても、先の事でまたあれこれ煩わされるかもしれない」
「気が早すぎる……。他人事のようなものだからそんなことが言えるんだ」
 二人は肩を竦めて苦笑い。ゆっくりと珈琲を啜る。
「――マクシム」
「――ん?」
「どうするんだ?」
 主語も何もない、問いかけ。けれど、それだけでお互いに通じる。
 マクシムは薄く笑って、モンブランを見返す。
「貴方は、どうするんだい?」
 モンブランは眉を寄せた。
「俺……か? 俺は、別に何も」
 素知らぬ風に珈琲を口にしている。マクシムはカップを机の上に置き、ポケットから“それ”を取り出してモンブランの目の前に翳した。
「? なんだ、それは」
 マクシムの中指と人差し指に挟まれているのは一枚の紙片。その面には、何か走り書きがされている。
「聖イスカルナ女学院フェルタ寮東棟三〇五号室」
「――! 何だって……」
 紙片を見つめるマクシムの視線は愛おしげだ。
「これは……レディー・ギローから頂いた」
「――いつの間に」
「片付けをしているときに本部にいらっしゃって」
 手渡された手袋の中に包まれるようにして、この紙片があった。
 セリーナ・ギローは拾得物を届けに来たのではなかった。それは口実だったのだ。すべてはこの紙片を渡し――己の所在をマクシムに教えるために。
 モンブランは眼鏡の奥の瞳を大きく見開いている。珍しく心の底から驚愕しているようだ。
「意外に――大胆な方だな」
「フフッ――違うよ。あの方は――僕の言葉に応えてくれたんだ。二人で話をしたいと言った……その言葉に」
 紙片を丁寧に畳んで机の引き出しに仕舞う。大切に、失くしてしまわないように。
 そうして、モンブランに意味ありげに視線を流す。
「レディー・ギローとレディー・フレデリックは同室だそうだ。だから、この住所に手紙を出せば連絡が取れるけれど」
「げふっ……」
 モンブランは珈琲を吹き出しそうになる。
 口元を手の甲で拭い、恨めし気にマクシムを睨む。
「俺は――別に」
「本当にいいのかい? 貴方もレディー・フレデリックのことが――」
「だ、だいたい、それは君がレディー・ギローから頂いたものだろう。それなのに、俺が、その、レディー・フレデリックに手紙を送るのは、不自然ではないか」
「多分、あのお二人の事だから、レディー・ギローが僕に住所を伝えたことは、ちゃんとレディー・フレデリックも諒解していると思うけれどね。その上で、おそらく貴方にそれが筒抜けるだろうことも」
「とにかく……! 俺の事は、放っておけ。そして、君はさっさとその書類を片付けて、手紙の文面でも考えればいい」
 モンブランは珈琲を煽ると、調理台の方に大股で歩いて行った。湯を再び沸かして、追加を注ぐつもりらしい。
 その耳が赤くなっているのを確認して、マクシムはこっそりと笑う。
 机の上からカップを取り上げ、書類を片手にまた珈琲を啜る。目を書面に滑らせながらも、考えているのは別の事――セリーナ・ギローへ綴る手紙の事。
 繋げてくれたものを無碍にするつもりはない。必ず、これをきっかけにしてみせる。
 あの時、彼女に願った通り――二人で、ゆっくり話をするために。
 そして、ついでと言っては何だが、素直でない友のこともどうにかしてやれたら――モンブランは自分のカップに珈琲を注いでいる。
 マクシムは立ち上がり、自分も追加を貰うために、調理台へ歩み寄った。





   -p.s.-


 聖イスカルナ女学院フェルタ寮。
 セリーナ・ギローは授業を終えて、自室に戻ってきた。
 扉を開けて、ポスト部分から紙の束を取り出す。
 荷物を自分の机に置き、紙の束をまとめた紐を切った。それは今日、彼女と、同室のアイネズ・フレデリックに届いた手紙である。
 聖イスカルナ女学院では、乙女達への手紙はまず寮母であるシスターの下へ届く。それを宛先別に寮母が振り分け、各部屋へ配布する。午前中に女学院に届いた郵便は、夕には乙女達の手元へ渡るのだ。
 セリーナ・ギローは宛名を確認して、自分とアイネズ・フレデリック宛の手紙をわける。
 双方の家から届く定期的な手紙。今日は祖母からのものもあった。他には、街の美術館からの展覧会の案内。アイネズ・フレデリックと外出した時に使うことの多いカフェから、フェアの知らせも来ている。今度出かけたら、寄ってみよう――そんなことを思いながら手紙を振り分け――息を止める。
 最後の一通。普通のなんでもない白の洋封筒。消印は街の郵便局のもの。宛先は、セリーナ・ギロー。丁寧な、力強い筆跡。
 裏を返すと、差出人の住所はない。隅の方に控えめにされた署名は

 M.M.

 セリーナ・ギローはその文字を一度そっと撫でると、封筒を胸に抱いた。



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