ククリア学園 紳士二人、乙女二人-4-
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ククリア学園

-Astorni & Isukarna-

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紳士二人、乙女二人-4-

 
 モンブランは周囲の輪を乱さないように気を遣いながらも、大股で歩く。最短距離で西庭を抜けた。
 セリーナ・ギローがアイネズ・フレデリックの体の話をした途端、自然と体が動いた。どうしてかはわからない。何とも説明しがたいものに動かされた。モンブランは理由を考えることを敢えてせずに、アイネズ・フレデリックを探すことに集中する。
 庭前方の会食スペースには姿が無かった。モンブランも背が高い。人ごみを高い視点で見渡したが、それらしい姿は見つけられなかった。
 前庭に出て、テラスハウスの方を見る。何人かの乙女と学園生が歩いていたが、彼女はいない。
 本部に寄って、医務室の状況を確認するが、使用している者はいないようだ。
 何故だか気持ちが急く。冷静な部分の自分がそんな自分を皮肉げに笑っているが、気付かない振りをする。
 今、するべきことは、アイネズ・フレデリックを見つけ、セリーナ・ギローの下へ連れて行くことだ。そこにモンブラン自身の気持ちとして、何かがあるわけではない。
 テラスハウスに入り受付で控室の様子を確認する。既に退出した後だということが、わかった。
 舌打ちが漏れそうになるところを抑える。
「――まったく……何処へ……」
 テラスハウス正面玄関から、前庭を見渡す。本部と各庭を慌ただしく移動する係の生徒と庭園職員がよく見える。西庭の入り口付近で固まって話している集団がいるが、その中にはいない――というよりも、セリーナ・ギローを待たせておいて、そんなところで彼女が話しているとは思えない。
 視線を巡らせる。ひょっとしたら行き違いになっている可能性もあるだろうが、その場合はマクシムが自分を探しに来るだろう。彼は効率的な男だから、すぐに前庭に出て、本部の辺りでモンブランを待っているに違いない。だが、その様子もない。
 眼鏡の奥の瞳を眇め、よく辺りを確認したところで――モンブランは息を呑む。西庭を囲う植込み。テラスハウス側の丁度隅の辺りに、一組の男女が見える。話し込んでいるようには見えない。乙女の方はしゃがみ込んでいるように伺える。僅かに見えるその頭は、遠目にも美しい金の髪――モンブランは駆け出す。
 その場所は本部からは死角に位置していた。テラスハウス側からわざわざ見渡さなければ、気付かれないような場所。
 近づくにつれ、その姿がはっきりと確認できるようになる。艶やかな金の髪。身に纏っているのは水色のドレス。濃い青の長いショールを羽織っている。顔は伏せられて伺い知れないが、おそらく間違いはない。
 その側にいるのは、アストルニ学園の制服。しゃがみ込むようにしている乙女に話しかけている。
 モンブランは、先ほどマクシムが即座にセリーナ・ギローの下へ動いた理由が、他人事のようにわかった気がした。多分同じものに突き動かされている。
「――何をしている」
 低い声で問いかける。
 二人は同時に顔を上げた。どちらの顔も驚愕をのせていたが、下の方から見上げてくる赤い閃光のような視線は、アイネズ・フレデリックのものだ。
「……サー・モンブラン・ビーニャス……」
「ビ、ビーニャス会長……」
 言葉が零れ落ちたのも二人同時。
 学園生の方は、顔を引き攣らせている。見れば、胸につけているのはピンクの花――中等部生だ。モンブランは敢えて厳しく顔を顰める。
「君は――中等部生か。何をしていた」
「! はいいいえ、その、この方が具合が悪そうだったので、医務室にご案内しようかと思っておりました!」
「――ほう。それは感心なことだ……が、無理強いをしているように見受けられたが?」
「いえ! そんなことは!」
 背筋をこれ以上ないほどにピンと伸ばし、中等部生ははきはきと答えたが、下で大きくため息が吐かれる音。
「私は……ご遠慮申し上げました……。ですが……この方が」
 静かな声は、少し苦しげだ。呼吸が早い。
「と、言うことだが?」
 中等部生は、完全に硬直する。モンブランの鋭い視線を何とか受け止めているが、顔が既に青い。
 その様子を見て、モンブランはわざとらしく、息を吐いた。
「この方の事は、後は私が見る――君は、東庭に戻りたまえ」
「え……あ、その」
 戸惑いを見せるところを、眼光で威圧する。
「し、失礼いたしました!」
 中等部生は何故か敬礼をすると、脱兎の勢いで東庭の方へ駆けて行った。
 その後ろ姿を見送って、鼻から短く息。しゃがみ込んだままの、アイネズ・フレデリックの側に膝をつく。
「大丈夫ですか」
 アイネズ・フレデリックは昨日と同じように、真っ直ぐにモンブランを見据え

「――遅いわ」

 硬質な声で、そう、言った。
 モンブランは目をむく。
 遅いとはどういうことなのか。来るのが遅いということだろうか。中等部生を立ち去らせるのが、遅いということだろうか。声音は明らかに抗議の色をしていたが、そもそも何故、抗議をされなければならないのか。遅いということは、つまりは、もっと早くということのはずで、まさかそれを自分に求めていたというのか。だとしたら、何故――モンブランは無表情のまま、そんなことを一気に考えた。アイネズ・フレデリックの視線を受けとめながら。
 アイネズ・フレデリックも表情がなかったが、やがて吊り目がちの瞳を軽く瞠った。瞬きが、される。
「――私……今……」
 戸惑いが赤い瞳に過る。どうやら、無意識に言い放たれた言葉だったようだ。
 何故、あんなことをという想いは拭えなかったが、モンブランは追及することはしない。そんなことをしてもおそらく答えは返ってこないだろう。
 アイネズ・フレデリックは、大きく息を吸った。
「サー・モンブラン・ビーニャス……どうして……」
「レディー・ギローにお会いして、頼まれました――レディー・フレデリックがいつまでも戻らないので探して欲しい、と」
「……そうですか……早く……戻らないと」
 気持ちは戻ろうとしているようだが、体が動いていない。アイネズ・フレデリックはしゃがみ込んだままだ。
「お加減が、宜しくないようですが――先ほどの者が言っていたように、やはり、医務室に行かれた方が」
「――いえ」
 金の頭が左右に動く。鋭い視線は、提案を拒絶してくる。
「セリーナが……心配しているというのならば……尚更、戻らないと……彼女の、所へ……。私だって……心配だもの……」
「レディー・ギローならば、今はマクシムが側についています。ですからご心配には及ばないかと」
「! サー・マクシム・マレットがセリーナと……?」
 アイネズ・フレデリックは目を丸くした。
 その反応を訝しく思いながら、頷きを返す。
「――そうですか……」
 薄い微笑みが浮かんだ。モンブランの目に映る、初めての微笑み。何故か嬉しげで、満足そうな微笑。血の気のなかった顔に、僅か赤みが戻っている。
 悟られぬように、息を呑む。昨日以上に、視線を逸らせず――瞬間だけ瞑目する。何かに囚われようとしている己を律し、切り替える。
「レディー・フレデリック。どうしても、戻られると」
「――はい。セリーナの下へ、参ります……」
 頑なな言葉と視線。モンブランはそれを受け止めて頷いた。
「――わかりました。では……お手を」
 右手を差し伸べる。
 赤い瞳が、モンブランを見て、手を見た。忙しない瞬きと、どこか呆然とした表情。
「その御様子では、お一人で歩くことも今はままならないかと。なのに医務室には行かないと仰る。で、あれば、せめてお手を取らせていただいて、私にレディー・ギローの下へお連れさせて頂きたい」
「――で、でも……」
「手では不足ということであれば、抱えて差し上げてもよろしいですが」
「――!!」
 もちろん本気ではない。モンブランは無表情に、あくまでも事務的に言葉を重ねる。極端なことを提案すれば、おそらく妥協してくれるに違いないという思惑からだ。
 アイネズ・フレデリックは完全に不意を衝かれた顔で、モンブランを見上げ、息を止めている。
「如何致しますか?」
 畳み掛けるように決断を迫ると、金の頭が落ちるように縦に動いた。おずおずと、白いレースの手袋をはめた手が重ねられる。
「わかり……ました。では、申し訳ありませんが……腕を、貸していただけますか」
「腕、ですか」
「はい――腕に、捕まらせていただければ……と」
「――了解致しました。では――」
 力を少し籠めて、アイネズ・フレデリックを立ち上がらせる。少しよろけたが、それも腕の力で支える。
 体勢が落ち着いたところで、右腕を腰の辺りに沿え、肘を出すようにする。
 見上げてくる赤い瞳に、頷きを一度。
 アイネズ・フレデリックは躊躇いながらもモンブランの腕に手を掛けてくる。
「――参りましょうか」
「――はい」
 モンブランはゆっくりと歩み出す。
 己に体を預けてくる、乙女に気を遣いながら。





 マクシムとセリーナ・ギローは西庭の中央に並んで佇んでいた。お互いを見ることはせず、真っ直ぐに庭の前方に顔を向けて。端から見れば、それぞれにそこに佇んでいる様に見える。
 実際には、二人は抑えた声で、ぽつぽつと会話をしていた。主に、交流会の事を。マクシムが交流会の準備や、話しても差し支えのないトラブルの事を語れば、セリーナ・ギローが楽しげに笑う。セリーナ・ギローが交流会のドレスをアイネズ・フレデリックと選んだ話をすれば、マクシムがその様を思い浮かべて瞳を細める。
 時々横目で視線を交わしながらも、しかとお互いの顔を見ることなく続けられる会話。マクシムは息苦しさを覚える。セリーナ・ギローが隣で笑うたびに、落ち着かなくなる。手の届く場所で、セリーナ・ギローが笑っている。それなのにその笑みを正面から受け止める事も出来ない。こちらに向けられているはずの言葉も、真っ直ぐには届かない。近いのに遠い距離が歯がゆい。
 周りを見渡すことで仕事になると言った手前、マクシムは常に周囲を見回している。時々、係の生徒が報告をしにやってくるのに対応をして、的確に指示を出す。呼び出しがあることを何よりも懸念していたが、幸いな事に、報告される内容は出向く必要がないものばかりだった。
「そう言えば――先ほど最初は他の同級生の方と一緒だったと」
「はい。アイネズ以外に三人ほど」
「なのに何故、お一人だったのですか? その方々も、こちらには戻ってこられない様ですが」
 セリーナ・ギローは小さく笑った。
「アイネズがテラスハウスに戻って、暫くしてから、同級生たちの下に昨日知り合ったという学園の方々がいらしたのです。前方の会食スペースの方で一緒に食事をというお誘いで……。私はここでアイネズを待っている約束でしたので、遠慮したのです」
「――なるほど。それでお一人でいらっしゃったのですか」
「昨日、サー・マクシム・マレットがお声をかけてくださった時のようにしていようと思ったのですけれど……時間が経って、少し心細さが出てしまったのかもしれませんね……上手くいきませんでした」
 寂しげな声音。横目で見下ろせば、横顔が少し暗い。
「レディー・ギローとレディー・フレデリックは本当に親しくされているのですね」
「子供の頃……ずっと幼い頃から一緒でしたから。多分、私は――アイネズに甘えているのです」
 それはきっとお互いにそうなのだろうと思う。昨日のアイネズ・フレデリックの様子からすれば、彼女の方も完全にセリーナ・ギローを信頼し、自分を預けているように見えた。二人でいることで、お互いにお互いを引き立て合っている、そんな印象を受ける。
「やはり、私も一緒に戻れば良かった……」
 後悔が滲んでいる。本当ならば、自分で彼女を探しに行きたいのだろう。組み合わせている手が忙しなく動いている。
 マクシムはそんなセリーナ・ギロー見つめた後、視線を前方に向け――笑った。
「レディ・ギロー。大丈夫ですよ」
「え?」
「モンブランが、戻って来たようです」
「! 本当ですか?」
 頷きを一つ。人ごみの先、前方の会食エリアの辺りを、モンブランがゆっくりと歩んでくるのが見えた。いつもより速度が極端に遅いのは、おそらく一人ではないからだろう。
「あの、どの辺りに……アイネズは……」
 セリーナ・ギローの目線では人ごみに遮られ、まだ見えないようだ。
「今はあちらの会食スペースの辺りです。レディー・フレデリックの歩幅に合わせているのでしょう。ゆっくりとこちらに向かっていますよ」
「そうですか……良かった……」
 胸元に両手を当てて、安堵の息を吐いている。赤茶の瞳は落ち着かなげに、人ごみを動いている。今すぐにでも、駆け出したいところを抑えているように見えた。
 やがてモンブランの腕に、アイネズ・フレデリックが捕まっている姿が確認できた。遠目にも、あまり調子が良いようには見えないが、モンブランのエスコートでゆっくりと歩いている。
 もう間もなく、二人はこちらにやってくる――マクシムは、大きく息を吸って、セリーナ・ギローに向き直った。
「レディー・ギロー」
「――はい」
 セリーナ・ギローも少しだけ体をこちらに向けてくれた。そこを捕えて離さない様に、真っ直ぐ視線を向ける。
「私は――もっと貴女とお話がしたい」
「――!」
「色んな事を。許されるのなら――」
 言葉を溜める。自分の気持ちが、セリーナ・ギローの心に届くように祈りながら。

「――二人で、ゆっくりと」

 長い睫毛に縁取られた瞳が、零れ落ちんばかりに見開かれる。茫然と、緩慢な動きで、セリーナ・ギローはマクシムに向き直った。白い喉が僅かに動いて、そのまま息を止めているのがわかる。淡い紅の指された唇が、かすかに震えている。
 白粉のはたかれた頬には朱が散って――セリーナ・ギローは泣き笑いのような表情を浮かべると、
「――光栄……ですわ……」
 震える声で、それだけを口にした。



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