ククリア学園 紳士二人、乙女二人-3-
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ククリア学園

-Astorni & Isukarna-

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紳士二人、乙女二人-3-

 
 交流会二日目。
 今日も晴天に恵まれている。穏やかな初夏の宵の口。
 昨日はどこか緊張した空気が会場には漂っていたが、二日目ともなればそれも和む。中等部高等部とも、開始から昨日の交流で知り合った者同士で集まるようにして、食べ物を口に運びながら会話を楽しんでいる。
 学園代表の係の者達の動きも効率的になり、小さなトラブルならば、マクシムとモンブランの指示を仰ぐこともなく対応されていた。
 その為、二人も雑事に追われることが少なくなったが、それが逆に別の理由で彼らを疲労させることになっていた。
 昨日はほぼ常に忙しなく動き回っていたために、傍目にも多忙に映ったのだろう。時間半ば過ぎに高等部で声をかけられた以外は引き留められることはなかった。しかし今日は若干余裕がある。それが周りにもわかるようで、会の初っ端から、次々に声をかけられる羽目になった。
 やんわりと穏便に切り抜け続けてきてはいるが、中には退き下がらない者もいて時間を取られる。その筆頭は、あの女学院生徒会長だった。
 聖イスカルナ女学院生徒会長ルクレース・デュラム。女学院全乙女達を総べるだけの器量の持ち主である。向上心溢れる野心家。アストルニ学園の男たちに対しても一歩も退くところなく堂々としている。当然、マクシムとモンブランに対しても。
 彼女に前庭本部前で捕まり、拘束されること十数分。東庭中等部の方から、トラブルがあったと呼ばれなければ、逃げられなかったかもしれない。この時ばかりはマクシムもモンブランもトラブルが起きたことに深く感謝したものだ。
 中等部でのトラブルを治めて、大きなため息が二つ。それはトラブル発生以前の出来事から解放されたことに対する安堵のものだ。
「……たいしたトラブルじゃなかったし……良かった……“色んな意味で”」
「――助かったな……」
「まったくもって……。彼女には敵わないな」
 マクシムは大げさに肩を竦める。
「君に捌けないようでは、相当だ」
 モンブランの笑みは苦い。
「本気で正面から議論するつもりでなら出来るだろうけれど……そういう場ではないからね」
「それを望んでいたように思えるな」
「そんな気がするね。じっくり話せば、意外に興味深いかもしれないが――」
「クッ――気が進まないといった表情だな」
 切れの長い鳶色の瞳が瞠られて、また肩が竦められる。
「そういう貴方はどうなんだい」
「――聞くまでもないな」
 モンブランも肩を竦めた。
 話しながら、中等部の敷地を歩く。昨日よりも落ち着いていて、悪くない雰囲気だ。
 中ほどで、全体を見回す。
「こちらはとりあえずもう問題はなさそう、か」
「そうだね。僕らが目を光らせている必要もなさそうだ。むしろ中等部の係の者に任せてしまった方がいいだろうね」
「だな。高等部の、中でも俺達がいては落ち着かないだろう」
 東庭を出て、本部に顔を出す。
 幾つかの問題が発生したが、すべて対処が完了したという報告があった。
 開始から一時間。交流会二日目は、概ね順調なようだ。
「本当に今日は、平和だな。昨日よりもっと大変なことが起こるかと思っていたのに」
「杞憂で済んで何よりだ――まあ、今のところは、かもしれないが」
「まだ始まったばかりと言えばそうだからね。何となく緩んでいる気がするけれど――引き締めないと」
「うむ――次は、西庭、高等部の方、だな」
「ああ。……覚悟していかないとだよ、モンブラン」
 マクシムは少し憂鬱そうだ。
「――わかっている」
 モンブランは憮然と首元のタイを直した。
 二人の背筋が伸びる。
「さて。なるべくお手柔らかに願いたいな」
「一度に来ていいのは、せめて、三人までだ……」





 西庭、高等部の会場は成熟した空気だった。食事をとることをメインにしている者、会の趣旨からは外れているが同性の友人同士で集まって和んでいる者。菓子の乗った皿を手に笑いさざめいているのは、乙女達の集団だ。
 場を離れている間に、それぞれに落ち着く場所が出来たのだろう。二人は通りすがりに挨拶され、少し声をかけられたが、殆ど引き留められることはなかった。
「また杞憂だったか」
「何よりだね。僕らが声を掛けられないってことは、それだけ参加者同士で楽しんでいるということだろうし」
「こうして見ても――盛り上がっているな。学園同士、女学院同士で固まっているところもあるにはあるが、ちゃんと交流が出来ているようだ」
「感触としては――成功と言える、かな。……今のところは」
 周囲をゆったりと見回す。
 鮮やかな色とりどりのドレスが揺れている。形も材質も様々な乙女達の装い。さながらドレスの品評会のようだ。
 マクシムの視線は、自然、探し物をするように動いている。様々な色の中に、あるかもしれない一つの姿。脳裏に過るのは、昨日、鮮やかな赤いドレスを身に纏っていた女性(ひと)。これだけの人の中。簡単に見つかるはずはないと思ってはいても。
「――探しているのか」
 モンブランの指摘に、鼻から短く息を吐く。
「何のことだろうか」
「違うのか?」
「――別に。敢えて探してなど……」
 見透かされていることはわかっていても、否定する。
 モンブランはそんなマクシムを物言いたげに見たが、それ以上は口にしなかった。
 テーブルの並ぶ前方を抜け、歓談スペースに入る。幾つもの集団が出来ていて、話に花が咲いている。そこかしこにあるベンチもすべて埋まっていて、立ち話をしている者達も多い。
 人ごみの隙を抜けるように見回り、庭の丁度中ほどに来た所で、その姿を見つけた。
 見紛いようのない、柑橘色の髪の乙女――セリーナ・ギロー。けれど今日は隣にアイネズ・フレデリックの姿がない。その代わりに、
「――マクシム。あれは……」
「――」
 アストルニ学園の制服が側近くにあった。
 マクシムは、ゆっくりと息を吸った。心の奥に湧き上がった、よくわからないものを抑え込むように。もちろん今日は交流会で、そういう場なのだから、乙女と学園の生徒が話すのは当然のことだ。
 ――だが。
 瞑目して身を翻す。そのまま移動しようとして
「待て、マクシム」
 モンブランに腕を掴まれた。
「――何を……」
「よく見ろ、レディー・ギローを」
「何?」
「あれは、明らかに――嫌がっているように見えるが」
「――!」
 振り返る。良く見もしなかったセリーナ・ギローと学園生に視線を向ける。
 マクシムのいる場所からは学園生の顔は見えない。セリーナ・ギローに近づいて、何かを熱心に話しかけている。
 そして話しかけられているセリーナ・ギローの方は、体を硬くして身を退くようにしていた。昨日は常に淡い微笑みを乗せていた顔は、細く形の良い眉が顰められ、明らかに困惑している。
 その表情を認識した時には
「――マクシム?」
 もう、マクシムは動いていた。人ごみをすり抜け、真っ直ぐにセリーナ・ギローの下へ。堂々と大股で近づいて
「レディー・ギロー」
 声を掛ける。
 瞬間、赤茶の瞳が大きく瞠られる。ゆっくりと顔が巡り――ほうっ――と息が零れ
「……サー・マクシム・マレット……!」
 困惑に歪んでいた顔が綻び、花のような微笑みが、マクシムに向けられた。その微笑みのあまりの美しさに、呼吸が止まる。
「マクシム・マレット……!?」
 セリーナ・ギローの言葉に、側にいた学園生も勢いよく反応した。驚愕の瞳で、マクシムを見つめてくる。
 マクシムはその視線を受け止めて、瞳を眇める。タイの色からして高等部三年生。見覚えのある顔だった。記憶を辿る。
 彼は、確か――名前が脳裏に閃いた、まさにその時
「――申し訳ない、失礼いたします」
 少し大袈裟なくらいの紳士礼をして、彼は人ごみに駆け去った。
 マクシムは面食らう。切れ長の瞳を瞬かせる。
 細かな笑い声。視線を向けると、セリーナ・ギローが楽しげに笑っていた。
「ふふふ……なんだか、怯えたように行ってしまわれましたね」
「はい――私は、特に、何もしたつもりはないのですが」
「あら。でも何となく睨んでいらっしゃったような」
「名前を思い出そうと、考えていただけなのですが……」
 顔を見合わせて、一頻り笑う。セリーナ・ギローの顔からは、緊張が消えていた。
「サー・マクシム・マレット。それに、サー・モンブラン・ビーニャス」
 マクシムの隣には、頃合いを見計らって来たのか、モンブランが歩み寄ってきている。
「ご機嫌麗しゅう――本日も、お仕事の方お疲れ様です。またお会いできて嬉しいですわ」
 三人で社交辞令の挨拶を交わす。
 紳士と淑女の、絵に描いたような礼。上品に笑みを交わしあう。
「レディー・ギロー。本日は、お一人なのですか?」
 聞いたのは、モンブラン。その様子は、少し落ち着かないようにマクシムには見える。
 セリーナ・ギローは顔を曇らせた。
「いいえ。先ほどまではアイネズと共にいたのですが、今は控室にショールを取りに行っているのです。少し冷えて参りましたので」
 言葉通り、今日は昨日より少し冷え込んでいる。
「私も共に行くと言ったのですが、その時は他の同級生も一緒でしたので、気を遣われてしまって――一人で行くと。そう言って、控室に戻ってからもう二十分くらい経っているのです」
「――二十分?」
 モンブランは眉を顰めた。口元に手を当てて思案する風情。
 確かにこの場所から控室まで往復二十分は時間がかかりすぎている。
「はい。もう随分と経つので心配なのですが、ここで待っていると約束した手前、入れ違いになっても、と……。それともう一つ心配なのは……」
 セリーナ・ギローは胸元で手を組み合わせるようにして、モンブランを見上げた。
「実は、アイネズは――少し体が弱くて」
「――!」
「ひょっとしたら、そのせいで何か――」
 言葉が終わる前に、モンブランは身を翻していた。そのまま庭の入口の方へ急ぎ足で歩いて行く。
「……サー・モンブラン・ビーニャス……?」
 呆然とその背を見つめるセリーナ・ギロー。
 マクシムは安心させるように笑ってみせる。
「彼に任せれば大丈夫です、レディー・ギロー」
「え……?」
「レディー・フレデリックを連れて戻って来てくれるはずです」
 マクシムは、モンブランが去り際に小さな声で――ここは頼んだ――と言ったのを聞いていた。
「でも、私、本日のアイネズの装いもお話ししておりませんのに、大丈夫でしょうか……」
「それも大丈夫でしょう。彼は、レディー・フレデリックを見分けるはずです。私が――今日の貴女を見つけられたように」
「! ――サー・マクシム・マレット……」
「今日のドレスもよくお似合いですよ――レディー・ギロー」
 お世辞ではなく、心からの言葉だ。今日のセリーナ・ギローは柑橘色の長い髪を、緩く一つにまとめて左肩に流している。身に纏っているのは濃い翠色のドレス。その色は髪の色によく似合っていた。昨日はボリュームのあるドレスだったが今日は、すっきりとしたラインをしていて、彼女のスタイルの良さを際立たせている。
 さりげない動きで、白い絹手袋に包まれた手を取り、甲に口づけを落とす。
 短く息を呑む音。セリーナ・ギローは頬を朱に染めた。
「あ……ありがとうございます……でも……その、アイネズは――」
「モンブランは必ず、レディー・フレデリックと共に戻って参ります。ですから、大丈夫です」
「――はい……」
 淡い微笑みが浮かぶ。安堵の吐息が漏れた。
「ですが――よろしいのですか? お仕事の方は……」
「これもまた我々の仕事の内です。それに元々、係の誰かに探して貰おうと思っていたのではありませんか?」
 赤茶の瞳が、軽く瞠られる。
「はい――その通りです。腕章をされた方が通りかかったらお声をお掛けしようと思ったのですが――その……他の方に声を掛けられてしまったので……」
 先ほどの学園生のことだろう。
 マクシムは顔を僅かに顰める。
「申し訳ない、レディー・ギロー。学園の者が何か失礼なことをしてしまったのではありませんか?」
 熱心に話しかけ、まるで迫っているかのようだった。思い返すだけでも、腹の奥が落ち着かなくなる。
 セリーナ・ギローはそんなマクシムを見上げ、首を傾げると、小さく笑った。
「いえ……大丈夫です。物凄く熱心に話しかけて来られたので、戸惑いましたが――特に何も」
「ですが」
「それに、サー・マクシム・マレットにあの方の事を色々お話ししては――告げ口になってしまいます」
「――告げ口」
「ふふふ……貴方様は、アストルニ学園の会長様、ですものね」
 思いがけない言葉に、また意表を衝かれる。瞬きを三度。
 楽しげな光を宿した赤茶色の瞳を覗き込み、笑う。二人、声を揃えて笑った。
「サー・マクシム・マレット」
「はい」
「サー・モンブラン・ビーニャスがアイネズを探しに行ってくださいましたが……貴方様はどうされるのですか?」
「私も彼をここで待つつもりです――貴女の護衛も兼ねて」
 セリーナ・ギローは目を丸くした。
「護衛……ですか」
「先ほどのようなことがないように」
「でも――他のお仕事の方は……」
「今日は昨日より、我々にもだいぶ余裕があります。何事か起こっても、殆どが無事に処理されたという報告を聞いている状態で、呼び出された回数も少ない。それに此処は会場の中ほどで、周囲を見渡すには最適です」
 見回せば、会場の様子が隅々までよく見える場所だった。周囲に人は多いが、マクシムは背が高い。充分に見通すことが出来た。
 しかし、セリーナ・ギローは浮かない表情。
 両手で胸元を抑えるようにして、何かを考え込んでいる。
 やがて首が左右に振られた。
「周囲を、見渡す……ですか。では――向かい合って話し込んでいるわけには参りませんね」
 マクシムは息を呑む。セリーナ・ギローは体を庭園の入口の方に向けた。
「私としては――お忙しい会長様を拘束してしまうのは本意ではありません」
 まるで拒絶するかのような言葉が、胸に刺さる。
 セリーナ・ギローは真っ直ぐに庭園の前方を見たまま、マクシムを見ることもしない。
 けれど。
 深く長い吐息が、昨日より淡い紅を指した唇から漏れた。
「ですから……こうして周囲を見渡しながら――隣に、いてくださいますか? アイネズが、戻るまで」
「――! レディー・ギロー……」
 顔がほんの少しだけ動いて、赤茶の瞳が伺うように見上げてくる。
「そうして、その間――少しだけ、お話をしていただけたら……」
 また息を呑む。先ほどとは違った意味で。胸の痛みが消えた。
「もちろん――喜んで」
 マクシムは微笑んで、隣に立つ乙女に、優雅に一礼をした。



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