ククリア学園 交流会前日のふたり

ククリア学園

-Astorni & Isukarna-

交流会前日のふたり

 
◇交流会前日 アストルニ学園高等部の一教室

 教室は明日の交流会の話題で持ちきりだ。
 教師や寮母ぐらいしか女性との接触がない青少年たちにとっては年頃の女性と交流が出来るだけでも気分が高揚するというものだ。
 それもイスカルナ女学院… 家柄の確かさもさることながら一般家庭の出でも才媛で無い限り門を叩けないようなところだ。高等部の生徒は自分に箔をつける意味でもイスカルナの乙女たちに興味津々であった。
 
 そんな中でもあまり興味なさげにしている人間はいる。
 クリスピン・ファニーニも興味が無いとは言わないが浮足が立つほども翌日を楽しみにしているわけではなかった。

 「ファニーニ君は此方側かい? あまり浮かれていないようだけど?」
 クラスメイトが話しかけてくる。
 此方というのはイスカルナあるいは他所に特定の相手がいる組のことである。
 高等部に進学する歳にもなれば良家の子息にはちらほらと婚約者やそこまで行かずとも結婚を前提に交際をする異性というものを持つ人間が増えてくる。
 彼も初等部からアストルニに通うほどの裕福な家の子息だが、爵位を持っているとか、親戚がどこかの王家といった本物の上流階級の人間ではない。中流階級の中での富裕層といったところだ。
 今後の進路や就いた仕事次第では上流階級の人間と接する機会のほうが増えるであろうが、婚約者や許嫁といったものは彼にとっては別次元の世界である。
 「いや。お前みたいに特定の人がいるわけじゃないけど、あっちの奴らほども高揚するわけじゃないというかね」
 「余裕だな。君もそういう女性の一人や二人くらい欲しいところじゃないのかい?」
 「さあなあ… 正直この後行われる定期考査の方が気がかりだ」
 「確かに。しかし、噂によるとあちらの乙女にえらく情熱的に迫られていたらしいじゃないか。もしかしたら明日会場で会えるかもしれないぞ?」
 クリスピンは無意識に眉をひそめる。
 「会えるわけ無いだろう……人数が人数なんだし。それに別段会いたいとも思っていない」
 「そうか。それもそうだな。いくら中等部と高等部で分けた上に行き来が出来ないようにされていても結構な人数だし難しいか」
 中等部と高等部で行き来が出来ない…と聞いて思わず目を見開く。
 「ああ…そうなんだ?」
 「そうそう。中高生だけとはいえちょっとした社交界規模になるんだから分けとかないと大混乱じゃないかな? 中等部生がいない分難易度下がるかなと思ったけど、それでも大規模にはかわらない」
 彼もクリスピンが先日外でイスカルナの乙女に積極的に迫られた一件を認知しているようであった。
 噂の乙女との出会いは四月半ば。校外の図書館。
 手の届かない場所にある本を一生懸命取ろうとしている小学生と見間違える程の小柄な少女の代わりにそれを取り渡したのが始まりであった。
 どうしても礼がしたいというので図書館内のカフェで半時間ほど談笑をし、別れた。
 食事代を持つと言って聞かなかったが、つい先日まで初等部に在籍していた少女に支払いをさせるのはさすがに気が引けたのでクリスピンが全て支払った。
 支払ったと言っても飲み物とケーキ…二人合わせて『ちょっと小洒落た店のランチセット一人分』程度の金額である。言い方は悪いが彼らにとってははした金にすらならない安価なものである。
 その事自体は特に何もなかったのだが、しばらくして外出をした時に人通りの多い場所で友人と連れ立った彼女に邂逅し、突然こちらの名前を呼んで飛びついてきたものだから周囲の目を一気に引きつけたのだ。

 当然、そのやりとりが誰かに見られていたのか、生徒会の知るところとなり…
 一緒にお茶をしたということは伏せて図書館でのやりとりを正直に答え、一応潔白であるということを信じてもらったというなんとも精神が削られる出来事があったのだ。
 彼は暫くの間許可無き外出を禁じられる程度で済んだ。
 噂を聞きつけた高等部進学以前からの親しい友人に囃し立てられたが、肝心の「中等部の生徒」という部分はうやむやにされたらしく友人達の中では同じ高等部の乙女という風に考えられていたようだ。
 つまり、普通に考えて年齢としては三歳の差でも中等部生と高等部生という肩書がついたら「それはない」と皆が思うのだろう。
 クリスピンは胸を撫で下ろした。中等部に通う…相手が十二歳の女生徒となれば即『幼女嗜好』などという不名誉な認識をされかねない。
 彼自身は彼女のことを『数回あっただけのイスカルナの乙女』としか見ていないのだが、どうもあちらはそうではない気がする…と薄々感じ始めていたのであった。


◇交流会前日 イスカルナ女学院学生寮の一室

 授業が終わり、翌日の交流会のためのドレス選びに余暇を費やす乙女達。
 エトワールとルームメイトは明日の衣装候補のドレスを並べ比べていた。
 といっても、主に悩むのはルームメイトだ。
 イスカルナの卒業生でもあるルームメイトの母が、父と運命の出会いをしたという交流会が復活したと聞きつけ大量のドレスを送り付けてきたのだ。
 いつもの柔らかな言葉遣いをふっ飛ばしてまで母に説教をしていたルームメイトは、必要な物だけを選んで返送することに決めたそうだ。
 エトワールは元から2着しか用意をしていなかったのでどちらを先に着るかを考えるだけであった。
 「エトワールさんのドレス、どちらもきれいな色ですわね」
 空気の澄んだ日の朝を連想させるような青味がやや勝った風な水色のドレス。
 そして異国の「藤」という花の色をイメージして作られたという淡い紫のドレス。
 どちらもエトワールの金の髪によく似合う。
 「マ… お母様が最近染料に凝ってて… いい色の染料ができたからとこのドレスを仕立ててくれたの」
 「お母様はあの伝説の工芸家と謳われる方ですものねえ… 髪飾りもとても繊細で美しいし。羨ましいわ…」
 派手ではないが美しさの要点を押さえたドレスと同じ色のバラの髪飾りをみた級友は溜息をつく。
 母の作った装飾品を手に入れようと思えば中々の紙幣が飛んで行くらしい。もっとも、装飾品は気まぐれで作っていることが多いのでそのせいでもあるのだろう。
 繊細で美しいと評されてしまっては、この髪飾りを母が酔った勢いで父と「酔っていても手先は器用か否か」という賭けの元で作られた装飾品だとは言い出せなかった。
 「そこまでしなくてもいいんじゃないかなーって。気合入れすぎて浮きたくないし」
 「あら? もしかすれば運命の殿方と出会うことがあるかもしれませんわよ? 交流会が毎年行われていた時期はもとより、行われていなかったここ十数年だってアストルニに通っていた殿方と結婚した方は少なくありませんもの。あちらの殿方ならば出自も確かですし」
 エトワールは級友の言葉で目を見開く。
 「ど、どうかなさいまして?」
 「う…ううんなんでもない…」
 
 級友の両親はかつて行われていた交流会で出会ったのがきっかけで今があるという。
 古くから『恋愛禁止』と言われてはいるが、交流会で運命の相手に出会う可能性は極めて高いと。
 特に高等部の生徒たちはそれが顕著であるらしい。
 そうなると、彼女が今までにない感情を抱いた高等部の生徒である彼も明日の交流会で運命の出会いをする可能性があるということになる。
 中等部と高等部は交流会の会場が同じ敷地内の別の建物で行われるため、行き来することは出来ない。
 決して意地悪をしているわけではなく、生徒主体で取り仕切る以上仕方がないのであろう。
 双方の中等部だけでもかなりの人数… 単純に2倍の人数が行き来自由などになればとんでもないことになるだろうというのはエトワールにですらたやすく予想できた。

 彼に会って改めて先日の恥ずべき行為をあやまりたい。
 それは建前よりの本音で、とにかくもう一度彼に会いたいのだ。
 会って自分の中に芽生えた気持ちを伝えたい。そう思ってはいたが…
 一度、その気持を手紙にしたためてみたことがあった。素直に初めて会った時に好きになった、と。
 その手紙は翌朝読みなおして細かく刻んで捨てた。
 恋愛は禁止されている。それはアストルニも同じこと。
 それでも、実際学院内で彼氏持ちの乙女達の相手がどこの誰かといえばアストルニの生徒であるというのはよくあることだ。
 どうにか一瞬だけでも高等部の会場に侵入して彼と会えないだろうか…
 中等部と高等部という大きく高い壁のせいで想いを伝える前に自分の想いは散ってしまうかもしれないのだ。
 「それだけは嫌だな…」
 「何かいいまして?」
 「な! なんでも… そうだ。一度ドレスを仕舞ってお茶にしましょ? 実は兄様にお願いして取り寄せてもらったフライダ・フェイで出されている特製ブレンドの茶葉があるの」
 「まあ、限定販売されていたやつじゃありませんの!」
 「本当は一人でこっそり飲もうと思ったんだけどね」
 「もしかしてエトワールさん…あした良からぬことを考えていてその片棒を担がせようとしていません?」
 「そそそそんなことかかかかんがえてないけどなにか?」
 「そんなにわかりやすい反応をされては色んな意味で困りますわ… けれども、高等部の会場に顔を出すのは難しいと思いますわよ? 私達なんて高等部の方々と比べたら体つきがあからさまに違いますし見破られるどころじゃあ…」
 ルームメイトは発育の悪い高等部生といえば通せそうではあるが、10を過ぎた頃の一般的な子どもと背の変わらない小柄なエトワールにとっては、侵入したところで見た目ですぐ追い返されてしまうだろう。
 「まあ…もし、明日貴女が見当たらなくなっても適当に取り繕ってあげますわ。引き出しの中に隠しているおやつをお茶請けにしてくださるのならば」
 「ぐっ… なんで私のおやつ事情をしっているのかな…」
 「あらぁ? 適当に言ってみただけなのに! 言ってみるものね」
 ものすごく嬉しそうにルームメイトは微笑む。
 またうまい具合に引っ掛けられた…と思いつつもエトワールは引き出しから隠していたスコーンを取り出し、熱湯をすぐに用意したティーポットに注ぐ。
 『たしかサー・ファニーニと言っていたかしら… エトワールさんはとてもいい子だけどあらぬ噂が立ったら不憫よねえ…』
 ルームメイトは部屋に充満する紅茶の香りを楽しみながら先日出くわした、エトワールが飛びつきにいった青年のことを憐れむように思い出していた。



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