ククリア学園 Sweet Ordeal of Potato Pudding by ナイン

ククリア学園

-Astorni & Isukarna-

Sweet Ordeal of Potato Pudding by ナイン

  
※この創作は
プリン荒モード
フローズン・クレームブリュレ-焼きプリンを凍らせないで-
Bitter Caramel Pudding-Maxim Mallet's Serious-
を踏まえそこから続いています※




 パティスリー・ククルはフライダ中央ギブル通りにある野菜スイーツを扱う人気店だ。ヘルシーでスイーツにしてはカロリー控え目の商品が多く、女性客人気で客足が絶えることがない。併設している喫茶店も茶の時間ともなれば常に満席である。
 ヒルベルトはそのショーケースを見て難しい顔をしていた。普段からどちらかというと愛想のない表情をしているのだが、今はあからさまに虫の居所が良くなさそうだ。店内が自分以外がほぼ女性客ばかりで居心地が良くないのも理由なのだろうが、物思いに沈んで眉を寄せているようだ。
「ヒルベルトちゃん」
 柔らかな呼びかけにヒルベルトは我に返った。顔を巡らせるとクラウディアが小首を傾げている。
「どうしたの? なんだか怖い顔してる」
 クラウディアに怖い顔などと言われてはヒルベルトは慌ててしまう。そんな顔は彼女には見せたくない。首を振って微笑みを――慌てているから少しぎこちなくなってしまったが――向ける。
「何でもない……大丈夫だ」
「……でも、何か考えてたでしょう? プリン、睨んで」
 ヒルベルトが見つめていたのは冷蔵の商品が入ったガラスのショーケース。色とりどりの生菓子がならんでいて、指摘通りヒルベルトの視線の先にはガラス瓶のプリンが並んでいた。
「この間あげたプリン、美味しくなかった?」
 更に心配そうな申し訳なさそうな、どこか哀しそうな表情をされてしまう。ヒルベルトは内心大慌てである。
「違う。そうじゃない。ただちょっと思い出したことがあって……」
「思い出したこと? プリンのことで?」
 クラウディアの焦げ茶色の瞳が真っ直ぐにヒルベルトを見つめてくる。何を思い出していたのか聞きたい――そんな雰囲気が湛えられている。
 ぐっと言葉を飲み込んでその視線を受け止めてしばし――本当はクラウディアにはあまり話したくないのだが、見つめてくる瞳に勝てるわけが――ヒルベルトは一つため息をついて“プリン事件”の顛末をクラウディアに語り始めた。





 すべてを語り終えたときクラウディアはくすくすと楽しそうに笑っていた。ヒルベルト当人からすればまるで笑える話ではないのだが、他人からすれば笑い話ではあるだろう。
 プリン一つで大喧嘩からの大騒動。
「そうなの……ハリーちゃんとそんなことがあったのね」
「今考えれば、大人げなかった……クラウディアから貰ったプリンだったから……その……」
 気まずくて頭をかけばクラウディアは更に笑いを深くした。
「ふふふ……ヒルベルトちゃん、ハリーちゃんと仲良しね」
「……えっ」
 今の話を聞いてどうして仲良しという言葉が出てくるのか。
 クラウディアはあくまでも楽しげだ。
「仲良し……」
 ヒルベルトとしては、そんなつもりはない(はずだ)。アストルニ学園に入学して数ヵ月が過ぎ、同室の期間もそれなりには経ったが、馴れ合っているつもりは全然ない(つもりだ)。むしろしょっちゅうヤツが引き起こす騒動に巻き込まれて苦労しているくらいだ。
 しかし本当に楽しそうにしているクラウディアを見ていると強く否定することなど出来るわけもなく――ヒルベルトは頭をかく。
「……どうして、仲良しだって……」
「ふふふ。だってヒルベルトちゃん、そんな風に本気で喧嘩なんてほとんどしないでしょう?」
「……そう……かな」
「どうでも良い相手だったら相手にしないから。喧嘩するほど仲が良いっていうものね」
「――」
 それは確かにその通りで。クラウディアに貰ったプリンとはいえ、あんなに熱くなったのは自分でも驚くべきことだとは思う。
 大人げなく子供のように取っ組みあいの喧嘩などほとんど初めてではないか――とはいえ仲良しという言葉には素直に頷けないが。
 クラウディアは笑っている。包み込まれるような母性溢れる笑顔――ヒルベルトはまた頭をかいた。
「それにしても凄いお友達もいるのね」
「凄いお友達?」
「扉を壊しちゃうなんて――格闘家さんなのね、きっと」
「かく……」
 件の騒動で扉を壊した輩を思い浮かべる。背丈は普通。体格もごくごく普通で鍛えてるようにも思えない。何か運動をしているとも聞かないし、格闘家などとは完全に無縁そうである。
「寮の部屋の扉を壊すなんて、物凄い力持ちよね」
 感心のため息なぞを吐いているが――クラウディアの考えている寮の扉とヒルベルトが住んでいる寮の扉は、おそらく造りが違うのではないかという確信めいた予感がある。
 しかし。

 ――まあ、良いか……。

 ヒルベルトはクラウディアの思い違いを正すことは止めることにする。クラウディアの想像の“あの男”が格闘家であっても、たいした問題はないだろうから。
 クラウディアは相変わらず楽しそうに笑いながら、ガラスケースのプリンを一つ手に取った。
「それじゃあヒルベルトちゃんに私からお土産買ってあげるね」
「いや、それは悪い――」
「良いから。私からヒルベルトちゃんと、ヒルベルトちゃんのお友達にお土産上げたいの。ヒルベルトちゃんとこれからも仲良くして欲しいもの」
「クラウディア……」
「だからプリン持って帰って皆で食べて」
 クラウディアの気持ち。優しくてあたたかな心。
「……。――わかった」
 観念して頷けば、満足げに口の両端が上がった。ガラスケースを覗き込んで、品定めを始める。
「にんじん、とうもろこし、じゃがいも、カボチャ……どれが良いかしら」
 どれも野菜にしては甘味がありそうだが、クラウディアにすべて任せる。店員に一つ一つ説明を求めて考えている様はとても楽しそうで、口を出す気にはならなかった。
「それでは、じゃがいものプリンを持ち帰りで――はい、三つお願いします。持ち帰り時間は――」
「……? 三つ?」
 思いがけない数につい声が漏れる。見ればクラウディアの言葉通り店員がガラス瓶を三つ手にして奥のカウンターへ入っていった。
「クラウディア、何で三つ?」
 自分とハリー・ロサレスへの土産なら当然二つで良いはずだ。一人に複数だとしても三つでは半端。
 クラウディアは人差し指を頬にあてて小首を傾げた。
「ヒルベルトちゃんとハリーちゃんと格闘家さんの分」
「か……」
 脳裏に赤毛眼鏡の憮然とした顔が思い浮かぶ。寮の隣人。扉を蹴破って乱入してきた男。寮の清掃を一週間共にはしたが、まだわだかまりはあるし、分かり合えたとは言えない。
 そんな相手に。

 ――プリンを持って行け……ってことかっ……!

 物凄い難題である。
 止める間もなく包装はされて、三つのプリンが入った紙手提げを渡される。拒否など出来るはずはない。
 極めつけは
「みんなで一緒に食べてね♪」
 というお言葉である。
 別に実行しなかったとしてもクラウディアにわかるはずはない。つまり渡さずにヒルベルト自身で二つ――どころか全部でも――食べてしまってもクラウディアの知るよしもない。
 しかし。
 クラウディアはふんわりと笑っている。ヒルベルトに向けられるいつもの優しくあたたかで、愛らしい微笑みだ。焦げ茶色の瞳は常に真っ直ぐヒルベルトを見つめてくれる。
 そんなクラウディアの気持ちをヒルベルトが無下に出来るわけがなく。
「……わかった……ありがとう」
 見ていないわからないことだからと言って、嘘をつけるはずがないのだ。
「生菓子だから、今日中に食べた方が良いわ。寮の部屋、冷蔵庫ないんでしょう?」
 ヒルベルトは思考を巡らせる。
 どうやってあの赤毛眼鏡にプリンを叩きつけるか。
 どうやって三人でプリンを食べるか。
 寮に帰り次第すべては速やかに行われなくてはならない――手にした紙手提げがとても重く感じられた。



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