ククリア学園 二人の乙女

ククリア学園

-Astorni & Isukarna-

二人の乙女

 
 聖イスカルナ女学院。国内最高峰の一流女子校。幼稚舎から大学までが併設され、中高は一貫した教育を行っている。国内外から主に上流階級の子女が集まり、徹底した淑女教育を受けている。
 常に清らかに、常に美しく、淑女たれ――その校訓のもとに育っている娘たちは、装いも振る舞いも身のこなしも洗練されており、外部の者達からは憧れ羨望を籠めて「聖イスカルナの乙女」と呼ばれていた。
 中等部と高等部に通う乙女達は、敷地内に三つある女子寮で暮らしている。
 その一つであるフェルタ寮の一室。広くはない室内が、様々な色で埋め尽くされていた。赤、青、白、橙、ピンク、翠、黄、橙……。その色の洪水の中に乙女が二人埋もれている。
 二人の乙女――一人は、金糸のように滑らかな癖のない髪を持っていた。僅かに釣り目がちの赤みの強い茶の瞳。紅を指していなくてもほどよく色づいた、唇。抜けるように白い肌。一見して非常に整った顔立ちをしているが、今は様々な要素が彼女の人形のようなと評される印象を裏切っている。
 細い眉は僅かに歪んでいる。瞳は難しげに細まっている。唇は少し尖っている。
 金の髪の乙女は大層不機嫌そうだった。
 その様子を知ってか知らずか、もう一人の乙女が彼女の背後で何かと格闘している。柑橘色とも表現できそうな赤に近い茶色い髪は、毛先の方が上品に緩く巻かれている。木の実の形を思わせる、茶の瞳は僅かに赤い。口は大きく、笑みの形に引かれている。金の髪の乙女とは対照的なはっきりとした顔立ちが美しい乙女だ。
 柑橘色の髪の乙女は、金の髪の乙女の背中で、濃いピンク色の紐を忙しなく編んでいる。紐よりも薄く上品なピンク色の布地に通し、クロスさせて引いて、締める。それを繰り返す。細かく通し穴が布地に打たれているためクロスさせる回数が多くなり、それに難儀していた。それでも柑橘色の髪の乙女は楽しそうに、その作業をしている。
 金の髪の乙女は、ピンク色の布地に包まれて、黙ってされるがままにしていたが
「ねえ……」
 遂に不満げな声を漏らした。
 しかし彼女の背後にいる乙女は、紐を締める作業に熱中している。ようやく半分を過ぎたところだ。手の速度を緩めるとリズムが崩れると言わんばかりに、通して、クロスさせ、引いて、締めるをただ繰り返している。
「ねえ……セリーナってば」
 焦れたような声はあからさまに不機嫌だ。しかし柑橘色の髪の乙女――セリーナは、相変わらず作業の手を止めず、呼びかけにも応えない。
 金の髪の乙女は、大きく、わざとらしいくらいに音が響くようにため息を吐いた。
「セリーナ……!」
 今までより声を強めた呼びかけ。そこで初めてセリーナは
「んー? なにー?」
 動きを止めずに反応した。
「一生懸命やってくれるのはいいんだけど……」
「うんー」
「あたし、嫌なんだけど……」
「うんー」
「……。……今日の夕飯、ほうれん草のキッシュが食べたいわよね」
「うんー」
 生返事。反応だけしていて、何も聞いていない。金の髪の乙女は、もう一度ため息を落とした。
 仕方なく強硬手段に出る。今までは大人しくしていたが、わざと上半身を捻る。
「ちょっ……」
 後ろで声があがり
「もう――急に動かないでよ、アイネズ……」
 狙い通りセリーナの意識を惹きつけることに成功した。金の髪の乙女――アイネズはそこを逃さず、口を開く。
「セリーナ、あたし、嫌なんだけど」
「え? 嫌ってこのドレスが? 凄く似合ってると思うけど」
 セリーナはアイネズの姿を改めて眺める。薄いピンク色――異国の桜という花の色らしい――の柔らかな布地のドレス。正面は少し肩が開いているが、あくまでも上品にフリルの施された布地が首から胸元までを覆っている。胸のラインを象るように小さな真珠が腹の方まで飾られていてるが、派手さはなく清楚な印象。全体的に愛らしく、人形のようなアイネズを美しく引き立てる装い。セリーナはコルセットタイプのそのドレスをアイネズに着付ける作業をしていたのだ。
 アイネズはあくまでも不満げなまま。
「そうじゃなくて……嫌なんだってば……」
 拗ねたような言葉に、セリーナは肩を竦めて苦笑い。再び紐を締める作業に戻る。
「もう、それ聞いたの何回目かしら」
「だって、嫌なものは嫌なんだもの」
「嫌って言ったってしょうがないじゃない。中等部高等部全員参加が義務なんだもの」
「だけど……」
「礼節の授業の一環で単位数も多くとってるみたいだし、レポートも提出しないといけないし」
「そう、それよ……レポート……なんでレポート……」
「それは、あたしも同意するけどね……。なんでアストルニ学園との交流会で、レポートなんだろうね……」
 二人は同時にため息を吐いた。
 聖イスカルナ女学院は、この春、全寮制男子校であるアストルニ学園との交流会を執り行うことに決めた。
 アストルニ学園は国内最高峰の一流男子校で、聖イスカルナ女学院と双璧とされている。常に紳士たれを校訓に、選び抜かれた子息達が、文武両道の教育を受けている学園だ。学園との交流は以前は定期的に行われていたが、十年ほど前に一度途絶えた。それから特に繋がりはなかったのだが、今年に入って、改めてその交流会を復活させようという流れになり、あっと言う間に本決まりになったのだ。
 交流会まで後五日。制服参加のアストルニ学園と違い、正装が義務であるイスカルナの乙女達は忙しい。交流会会場の準備などはすべて男である学園の生徒たちに任せ、乙女達は自身を着飾る仕度に注力していた。
 セリーナとアイネズも、衣装合わせの真っ最中である。
「だいたい何で突然今になって交流会復活なの……」
「ウチの方から持ちかけたって話だけどね」
「!? 本当に?」
「うん……ほらデュラムさん。外部とのやりとりに積極的じゃない。孤児院とか、淑女会とか」
「ああ……確かに、黒鋼の乙女様の考えそうなことね……」
「噂では今のアストルニ学園の生徒会は随分やり手で、凄く学園全体がまとまってるっていう話だし。そんなこともあって、先生やシスター達も乗り気になったみたいね」
 セリーナは思い切り紐を引いた。アイネズは短く息を呑む。
「とにかく嫌だって言っても、もう決まったことなんだから――仮病使って逃げるなんてのも、ダメだからね。あたしは協力しないし」
「……むぅ……」
 アイネズは形のいい唇を更に尖らせる。どうにもならないことを納得はしても、納得したくないと言った顔だ。
 背中に回っているセリーナは、ようやく紐を結び終え、締まり具合を確認している。
「きつくない?」
「ん……大丈夫」
「当日これを締める時間を考えると、早めに会場入りしないとね……。夕の四時からだから、昼過ぎには入っても早すぎるってことはないかなあ」
「もっと簡単に着れるものでいいわよ……。セリーナの準備もあるんだし」
「だから早めに行けばいいのよ。多分こういうことを見越して、昼からテラスハウス解放してくれるんだもの。アイネズはこの中ではコレが一番似合うんだから、コレ以外は認めないわ」
「み、認めないって……だいたいもう一枚選ばないといけないのよね……?」
「二日同じドレスってわけにもいかないしね。アイネズのはもう決めてあるけど。この青と水色のヤツがいいわ。今着てるのがボリュームがある感じだし、すっきりしたラインで印象を変えたら素敵よ」
「……セリーナ……張り切ってるわね……」
 疲れたような顔で何度目かのため息を吐くアイネズを見て、セリーナはころころと笑う。
「だってアイネズは可愛いし綺麗なんだもの。そんなアイネズを着飾らせるなんて、楽しいに決まってる。このドレスならきっと交流会でも注目の的よ」
 注目の的という言葉に、アイネズの顔が曇る。
「注目なんか浴びたくない……もっと地味なドレスでいい……」
 セリーナは目を瞠って、わざとらしく瞬いた。
「何言ってるの。何着てたって、アイネズは注目浴びるわよ、間違いなく。学園の殿方にきっと次々声かけられるわ」
 驚愕に見開かれるアイネズの瞳。そのまま彼女は顔色を失くした。微かに震えている。
「――セリーナ」
「何?」
「――一人にしないでよ……?」
 セリーナの制服の袖を掴み、上目づかいで見上げてくる。瞳には怯えの影。セリーナはその赤い色を覗き込んで、破顔した。
「ふふふ……わかってるわよ。一緒にいるわ。その方が、あたしとしても安心だし、気楽だし」
「絶対だからね」
「わかってるって――もう、アイネズは可愛いんだからっ」
 言葉と同時に、アイネズを両腕で包み込む。ドレスのスカート部分が皺にならないように気を遣いながらも、遠慮なく背中に手を回してきつく抱きしめる。
「く、苦しい……セ、セリーナ、と、とりあえず、あたしはコレでいいから次はアナタのドレスを……」
「え? 何言ってるのよ。アイネズはコレを脱いだら次は、こっちの青いの着てみるのよ。あたしは、その後」
「えー……もう疲れたんだけど……」
「だーめ。今日はアイネズを着飾り倒す日」
「き、着飾り倒すって何……」
 抗議は聞かずセリーナはアイネズを解放すると、その姿を頭の上から下まで眺め、満足そうに頷いた。
「髪は下ろしたままが一番だけど、少し編んだ方がいいかもしれないわね……ちょっとやってみましょう」
 うきうきと楽しげに鏡台へ櫛を取りに行ったセリーナに、アイネズはもう抗議せず、ただ困ったような笑いを落とした。

 



sa_lk.jpg

illustrate by るか



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