ククリア学園 Time of the Bibliophile by ナイン
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ククリア学園

-Astorni & Isukarna-

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Time of the Bibliophile by ナイン

 
 日曜午後。ヒルベルト・シエスタは学園図書室の書棚の前で唸っていた。
 目の前には、シリーズものの書籍が巻数順に並んでいる。並んでいるのだが一から十巻の内、九巻がない。ヒルベルトは昨日まで八巻を読んでいた。最近はまっている作者の怪奇小説で基本一巻完結ものなのだが、八巻は次巻へのあからさまな振りをしたところで終わっていて、先が気になっていたのだ。
 それなのに今は求める九巻がない。おそらくしばらく待てば返却はされるのだろうが、今すぐにでも読みたいという状況でそれが手に入らないというのはなんとも悔しくて仕方がない。
 念のため周辺をつぶさに探してみるが、間違った場所に戻されたりはしていないようだ。
 ないのはわかっていても、つい諦めが悪くなってしまう――大きなため息を吐いたところで
「ひょっとして、君が探してるのはこの本かな――シエスタ君」
 横合いからかけられた聞き覚えのある声に、条件反射で背筋が伸びる。
 そのまま姿勢よく体ごと声のほうに向きなおれば、生徒会長マクシム・マレットがいつもの穏やかな微笑みを浮かべながら一冊の本を差し出していた。
 マクシムの顔を見て、ついで本に視線を落として
「あ……」
 思わず間抜けた声を漏らしてしまう。そこにあったのは求めていた九巻。
 マクシムの笑みが深まる。
「やはりこの本を探していたんだね。棚に戻そうと思っていたところだから、これは君に」
「――その……宜しいんですか?」
「僕は読み終わったからね。それで続きの十巻を読もうかと――」
 ヒルベルトは即座に棚から十巻を取り出して、マクシムに差し出す。鳶色の瞳が少し瞠られて、すぐに細まった。
 二冊の本の交換が行われる――ヒルベルトの手に九巻が、マクシムの手に十巻が。視線が合って――マクシムの笑みに釣られるように、ヒルベルトも笑む。
「ありがとう、ございます」
「いや。読みたい人がいるところに丁度戻せて良かった。これもなるべく早く読むようにするよ」
「あ、いえ。でも会長はお忙しいのでは」
「趣味に割く時間はきちんと作っているつもりだよ。それに、きっと一気に読んでしまうだろうな。何しろ九巻は――」
 言葉が切れて、息が吸われる。小さく頭が振られた。
「駄目だな。これから君が読むのだからあまり喋っては。ただ一つ言えるのは――その巻は凄く盛り上がるし、よく書けている。ここまでで一番の出来だから、きっと君もすぐ読み終わると思う」
「そうなんですか――楽しみです」
「今日は借り出す予定だけれど、明日には返却出来るだろうから、もしそれを読み終わっているようなら、また放課後に覗いてみるといい」
 “今日は借り出す”――何となく気になる言い回しに、ヒルベルトは眉を寄せる。今日は借り出す、ということは、そうでないこともあるのだろうか。
 そもそも普通は借り出した本は図書室のカウンターに返却し、それを戻すのは図書委員の役目。しかしマクシムは自分で本を戻しにきた。
 気になる――ヒルベルトは、真っ直ぐにマクシムを見る。物凄く思い切って、決意を持って対峙しようとしていることが伝わったのか、マクシムは首を傾げた。
「あの……ですね。今日は借り出す……ということは、今戻されたこれは……」
 つっかえながらも紡がれた言葉はまるで足りなくて、意味が伝わるかもわからなかったのだが、マクシムは破顔して頷いてくれた。
「少し時間が空いたから、ここで読んで済ませたところなんだ。本当は続けて読み切ってしまいたかったのだけれど、さすがにもう一時間は取れないから」
「そうですか……って一時間……ですか」
 ヒルベルトも読むのはどちらかといえば早めだとは思うが、さすがに一時間では読み切れない。
 生徒会長マクシム・マレットは博覧強記の読書家で、常に本を読んでいるという噂だが、速読家でもあるのだろうか。
 感心するヒルベルトに、マクシムは何故だか困ったように笑い
「合間の時間になるべく多く読めるようにとやっていたら、自然と速くなっていた」
 小さく肩を竦めた。
 当然のように仕事を優先としながらも、趣味にも貪欲な姿勢は、さすがとしか言いようがない――ヒルベルトはこっそりと感嘆の息を吐く。
「では、僕はこれで失礼するよ」
「はい――ありがとうございました」
 軽く頭を下げると、マクシムは微笑みを深くして片手を上げ身を翻した。生徒会役員のみが纏うガウンが翻る。
 ヒルベルトはその軌跡を見つめ、ひそやかな息を吐く。
 手にした九巻を目の前にかざす。その表紙を一度撫でて、ヒルベルトは笑みを浮かべた。



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