ククリア学園 ストロベリークッキー
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ククリア学園

-Astorni & Isukarna-

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ストロベリークッキー

 
 ゴディバ・ヒューイットは迷っていた。この期に及んで迷っていた。
 聖イスカルナ女学院からほど近い、地域の図書館で、机の上には学院にはおいていない科学雑誌を広げている。だが、実際雑誌の内容は先刻から少しも頭に入ってきてはいなかった。もっとも、雑誌が読みたいというのは、学院に届け出るための建前の理由。外出の主目的は、此処で人と会うことであった。
 アストルニ学園との交流会から一週間が経った土曜日。紺色の長袖の制服では、汗ばむほどの好天だった。もちろん、空調の利いた図書館内でまで汗ばむことはないはずだったが、ゴディバは先程から幾度となくハンカチを握りしめ、出てもいない汗をぬぐっていた。
 傍らの鞄には、小さな紙袋が入っている。中には、綺麗にラッピングしたクッキーの袋と、封をした封筒が入っている。今日の為に、料理上手の先輩に教わって作ったクッキーは、初心者でも簡単に作れるうえ、昔から彼が好きだった味だと聞いたレシピで、料理が苦手なゴディバも幾度かの挑戦の結果、なんとか形にすることが出来た。これなら大丈夫と先輩も太鼓判を押してくれたが ――― 、いざとなると、渡す決心がつきかねていた。手紙にしても、お気にいりの便せんに、推敲に推敲を重ねてしたためたもの ――― 、だがやはり、これで良かっただろうかと迷いは尽きない。
 だが、今日会うことは、既に一週間前に決めていたことなのだ。相手のアストルニの方は、自分には何ら益のないことのはずなのに、ゴディバに会いにここまで来てくれるという。であれば、やはり渡さない訳にはいかないのだ。
「 ――― すみません、お待たせしちゃいましたか」
 明るくまだ幼さの残る声がして、視界の隅にアストルニ学園の制服が映った。ゴディバは一度深呼吸をして立ち上がると、務めて冷静に、微笑もうとした。
「大丈夫です。――― ご足労いただき、ありがとうございます」

  ☆★☆★☆

「――― あぁ、あれ、イスカルナの乙女様だ」
 CDショップから出たところで、同行している友人が目を細めて言った。つられて、ヴァーノンもその視線の先を追う。大通りをはさんで反対側、角の図書館の前には、確かに紺色の聖イスカルナ女学院の制服があった。中等部くらいだろうか、と考えたところで、ヴァーノンは思わずあっと小さく声を上げた。
「どうした?」
「……いや。……知人に似てるなと思って」
 亜麻色の髪を、高く後頭部で一括りにしている。ドレス姿ではないから印象は違うが、それは先日の交流会その一日目に、幼馴染が連れてきた中等部生に間違いなかった。
「一緒に、うちの学園のがいるね」
 傍らには、アストルニ学園の制服。濃い臙脂色の髪の彼も、背格好から言っておそらく中等部生だろう。ヴァーノンには見覚えがなかったが、日光が反射して眼鏡をかけていることは判った。
 二人は、図書館から出てきたところのようだった。二言三言交わした後、乙女が一度深々とお辞儀をした。男が笑いながら、気にするなと言うように小さく手を振って乙女を起こし、軽い会釈をして別れた。一度歩き出した乙女が数メートルも行かないうちに立ち止り、辺りを見回すと、追いすがった男が道の前方を指さして二、三言、再び礼をして乙女は歩き去った。
 ヴァーノンは、無意識のうちにため息をついていた。何故かひどく落胆していた。
 交流会二日目は、彼女に会っていない。それはつまり、彼女は中等部の会場で、歳の近い者同士交流を深めていたということだ。ああして、学外で会って話すほどに、親しくなった者もいたのだろう。それは至極、自然なことのはずで……。
 自分に向けられていたのは、一時的なもの。アルとリリスが思わせぶりなことを言うから期待してしまっていたが、やはりそんな都合のいいことがあるはずがない。ある意味、調子に乗って、彼女に手紙を出したりする前でよかったではないか―――。
「あぁ。――― あれは、中等部三年のマクドナルドだな」
 友人の言葉に、はっと我に返り、その内容に驚いて目を瞠った。
「知ってるの?!」
「顔だけはな」
「そうか。――― そういえば、君は初等部からアストルニだって言ってたもんね」
 ではあれが、リリスが初日に話したと言っていた男か。ヴァーノンは先程とは違った思いで、道路の向こう側の学園の制服を目で追った。
「彼は……、どこの寮なのかな」
 何気なく問うと、友人は急に眉根を寄せてヴァーノンに詰め寄った。
「何故そんなことを?」
「何故って……」
「あいつには関わらない方がいい」
 短く低く鋭い声音に、ヴァーノンの方が驚いた。
「ミルン君?」
「奴には、余りいい話を聞かない。人当たりは良いし成績も良好、教師陣からの評判も良い――― だが、実はその教師たちでさえ、奴に弱みを握られて頭が上がらないんだという噂もある」
 ヴァーノンは思わず吹き出しそうになったが、友人ーーテオドーロ・ミルンがあまりに真剣に言うのでかろうじて堪えた。
「……まさか。中学生だろう?」
「あくまで噂だがな……。だが、そんな噂が立つこと自体、信用ならない奴だという証拠だろう?」
「……まぁ、それはそうかもしれないけど」
「奴を評して、『情報屋』という奴もいる。味方につければ頼もしいかもしれないが、敵に回せば怖い。――― どちらも自信がないなら、関わらないのが一番だ」
 そこまで言って、ふいにからかうように口調を緩める。
「……クッシュは騙されやすそうだからな」
「ひどいな」
 口ではそう言いながら、自覚はあったので苦笑するにとどめる。テオドーロは一度、道路の反対側へ視線を投げると歩き出した。臙脂色の髪は、もう見えなくなっていた。ヴァーノンも慌てて後を追うと、横に並んだ。
 所詮中学生のことと話半分に聞きながらも、テオドーロの言葉は、ヴァーノンの胸に微かな不安の種を植え付けた。
 何故、彼がゴディバと一緒にいたのだろう……。
 二重の意味で、ヴァーノンは息苦しさを覚えた。

  ☆★☆★☆

 その日の夜。
 夕食後の自由時間を寮の自室で過ごしていたヴァーノンは、コンコンと鳴った扉のノックに顔を上げた。扉を開けると、上着とベストを外し、幾らかラフに着崩した制服姿の臙脂色の髪に少年が、人懐こい笑みを浮かべて立っていた。
「こんばんは。――― ヴァーノン・クッシュ先輩ですね」
 昼間、図書館の前で見た後輩だと気付き、ヴァーノンは一瞬身を強張らせた。
「……そうだけど?」
「僕は中等部3年の、レナルド・マクドナルドと言います。これを―――」
 そう言いながら、手にしていた小さな紙袋を目の高さに掲げて見せる。
「聖イスカルナ女学院の、レディ・ヒューイットから、預かってきました」
「!」
 ヴァーノンはクッと目を瞠って、目の前の後輩と小さな紙袋とを見比べた。
「……何故、君が……?」
 半ば呆然としたまま呟く。
「先日の交流会で、レディ・ヒューイットにお会いしまして。先輩に手紙を送りたいけれど、連絡先が判らないというので、僕が言付かることにしました」
 そう……、とだけ言ったきり、続く言葉が出てこない。なんと言うべきか、困惑している間に半ば押し付けられる形で紙袋を受け取り、気が付いた時にはレナルドの姿は既になかった。
 紙袋の中には、リボンでラッピングされた小袋入りのクッキーと、淡い水色の封筒が入っていた。封筒の宛名は、不安そうな文字で「ヴァーノン・クッシュ様」。
 封を開けると、封筒と同柄の便箋が数枚、綺麗に折り畳まれていた。紙面には封筒と同じ、小さいがはっきりとした、丁寧な文字が並んでいる。先日の交流会では、ろくにお話もせぬまま失礼して申し訳ありません、お詫びになるかは判りませんが、お好きだと聞いたお菓子を同封します、お口に合うと嬉しいのですが ―――、と言ったことが、不器用な言葉遣いながら書かれている。また会いたいとか、手紙の返事がほしいとかいったことは、まったく書かれておらず、それがいかにも彼女らしいと、ヴァーノンは好ましく思った。
 だが、待て。考えてみれば、ゴディバとはまだ二度しか会っていない。そのどちらにしても、大して会話をしたわけではない。それでいて、「彼女らしい」とはどういうことだ。思い上がりも甚だしい。ヴァーノンは、自嘲気味に頭を振った。だが、二度しか会っていないにもかかわらず、遠目にも見分けがつくほど彼女を意識していることも、また事実だった。
 ラッピングのリボンを解いて、クッキーを1つ取り出す。ベリーのジャムを練りこみ、ほんのり赤く染まっているそれは、確かに昔よく好んで食べていた ――― というより、菓子作りを始めたばかりのアルチャとリリスが作った菓子を、失敗作含め食べさせられていた、というのが正確な所なのだが ――― ものによく似ていた。サクッと一口かじると、ベリーのほのかな酸味の混ざった程よい甘さが、口の中に広がった。それはどこか懐かしい味で、――― 同時に、食べたことのない味がした。
 亜麻色の長い髪。バスターミナルで振り向いた時の驚いた表情、帰れると判った時の安堵した表情。交流会の会場で、慣れない雰囲気の中まっすぐに自分を見つめてきた、琥珀色の鋭い瞳。滑らかな口上を紡ぎだした、軽く紅をさした唇。それらを思い出すと胸がざわめき、それなのに総てをまざまざと思い出せる自分に戸惑いを覚える。
 ヴァーノンはクッキーをもう1つ口に放り込むと、机に向かった。返書の文面を、考えねばならなかった。



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