ククリア学園 それぞれの朝
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ククリア学園

-Astorni & Isukarna-

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それぞれの朝

 
 軽い身じろぎをして、レナルドは目を覚ました。
 辺りはまだ薄暗い。カーテンの隙間からは、白み始めた外の景色がわずかに見えている。
 レナルドはいつものように、物音も立てずにそっと寝台から降りた。手早く制服のシャツとスラックスに着替える。
 ふと、視線を感じて顔をめぐらす。寝台に横になったままのルームメイトが目を開け、顔だけこちらに向けていた。
「――― ごめん、起しちゃった?」
 小声で尋ねると、彼は否というようにゆっくりと瞬いた。
「――― 例の日課?」
「うん。――― 朝ごはんには、まだ時間あるよ。君はもう少し寝ておきなよ」
「そうする。――― あ、ちょっと待って」
 ドアノブに手をかけていたレナルドが振り返ると、グレーの何かが飛んできた。
「外、寒いよ」
 ベッド脇の椅子に掛けてあったカーディガンだ。
「――― ありがとう」
 受け取ったカーディガンを小脇にかかえ、レナルドは静かに部屋を出た。
 寮の規則上、消灯時刻はあるが明確な起床時刻はない。みなそれぞれ、朝食に間に合うように起きてくるだけだ。朝早くから起き出して、勉学やクラブ活動の時間に充てる者もいるだろうが、それでもレナルドのように、夜明け前から動き出す者は少ないだろう。ましてや、今日は聖イスカルナ女学院との交流会、その2日目だ。こんな日まで早朝から真面目に勉学に勤しむ者は、皆無と言ってよかった。
 静まりかえった無人の階段を上がり、寮の屋上へ出る。初夏とはいえまだ冷たい朝の空気が肌に突き刺さり、レナルドは軽く身震いをした。
 持ってきた上着に袖を通し、軽く深呼吸する。早朝の澄んだ大気を大きく吸い込めば、肺に満たされた冷たい空気が、まだ寝ぼけていた身体を覚醒させてくれる。
 白い朝靄に包まれていた空気に、光が射し込んできた。学園を包んでいた黒い闇を、白く輝く朝日が浄化していく。
 細いフレームの眼鏡を外し、シャツの胸ポケットに差し込むと、レナルドは朝日に目を細めた。屋上のフェンスに肘をついて寄りかかり、片手で臙脂色の髪をかきあげる。見上げた空は、鮮やかな青。
「 ――― ……いい天気だ」
 聖イスカルナ女学院との交流会2日目の朝。スタッフの一人であるレナルドは、また早くから会場入りする必要がある。
 面倒なことも多いが、その分収穫も多い。1日目である昨日の収穫も上場だった。望み通り乙女との会話を楽しんでいた後輩、興味がないと言っていたものの、乙女から思いがけず声をかけられて舞い上がっていた同級生 ――― 。彼らが今日はどんな顔を見せてくれるか、それを考えるだけで胸が躍る。昨日は中高等部の垣根を越えて、東西の庭を行き来しようとした冒険者が何人も見受けられたが、果たして今日はどうだろうか。
 そういえば、あの乙女は今日も中等部会場に来るだろうか。ふと、レナルドは昨日終了間際に出会った一人を思い出した。中等部生と入れ替わったのだと悪びれもせず白状した、聖イスカルナ高等部の乙女は、今日はどちらの会場に現れるのだろう。もっとも、どちらにいても、すぐに判るに違いない。彼女がいる方の会場は、料理の減りが速いのだろうから。
「 ――― まぁ、僕には関係ないけど」
 まるで会えることを期待しているかのような思考を、口に出して呟くことで追い払う。
 寄りかかっていたフェンスから、勢いをつけて身を起こすと、レナルドは眼鏡をかけ直し、屋内へと戻った。
 彼女の名前は何と言ったんだったか。確か…… ――― 。


   ☆★☆★☆


「リリス先輩!」
 叩きつけるように置かれたトレイの上でスプーンが踊り上がり、オレンジジュースの雫がちゃぷんと跳ねた。
「あら、ゴディバさん、おはよう。よく眠れました?」
「……先輩のおかげで、すこぶる寝不足ですわ」
「あらまぁ」
 聖イスカルナ女学院、エナ寮。その食堂は乙女たちの朝食時間で賑わっている。
 先に食事を始めていたリリスたちを見つけたゴディバは、空いていたリリスの前の席に座ると、上目遣いにきっと先輩を睨み付けた。
「……やってくれましたね、先輩。昨日の交流会、中等部の会場で」
「なにを?」
 怒りを抑えた低い声で睨むゴディバに、ちぎったロールパンを口に運びながら、キョトンとリリスが小首をかしげる。
「……その細身に似あわない、底無しな胃袋の深淵を存分に見せつけたとか」
 慎重な言い回し。察した隣のアルチャは「あぁ…」と大仰に目を覆った。
「だから、あれほど食べすぎるなって言ったのに……」
「え? さすがのわたしも、自分の臓腑を取り出して見せることはできないわよ?」
「先輩!」
 ダンっ、と机を叩いて、ゴディバは身を乗り出す。
「ボケてる場合じゃないんです。……おかげであたしは、クラスメイトからは遠巻きにひそひそ噂されるわ、ルームメイトからは『ヒューイットさんが、あれほど召し上がる方だとは知らなかったですわ、おほほ』なんて嫌味を言われるわ……。いたたまれないなんてもんじゃなかったですよ」
「あら、……それは、ごめんなさい」
 鋭い琥珀色の瞳に宿る怒りを真正面から受けて、さすがのリリスも神妙に詫びた。
「だって、あまり話しかけられない方が、いいと思ったから」
「先輩なら、話しかけられても適当にはぐらかす位、朝飯前でしょう」
「そうよ。それに、レポートもあるんだから、誰とも話さないなんてわけにはいかないのよ?」
「判ってるわよ。……だって、お料理が、おいしそうだったんだもの」
 ぷくりと頬を膨らませて、首をすくめてリリスは小声で言う。思わず漏れた本音のらしさに、ゴディバも少し怒りを和らげた。アルチャがため息をつく。
「それが本音ね」
「だ、だって、フライダ・フェイよ? シェフ・マレットの料理よ? それが食べ放題の上に無料なのよ? 食べない方が、罪悪だと思わない?」
「それは判るけどね、リリス。 ――― 時と場合をわきまえなさい」
「……はぁい」
「頂きたいなら、今日高等部の会場で、ちゃんとリリス・リンツとして、頂いたらいいじゃないですか」
 手づかずだった朝食にようやく手を伸ばしながらゴディバが言うのを、最後の珈琲を飲みほしかけていたアルチャが聞き咎めた。
「高等部で、って……、ゴディバさん、今日は行かないつもり?」
「はい。今日はおとなしく、中等部の会場へ行こうかと」
「あら、今日も連れていくって言っちゃったわよ、私」
「なっ…! いいですそんな。お会いできましたし……、何とかお礼を言うこともできましたから」
「あら、そう……。アストルニの殿方と話せるなんて、滅多にない機会なのに、もったいない」
「それなら、……中等部にも、たくさんいらっしゃいますから」
 それもそうね、とアルチャがうなずく。
「なにも、あのヴァルを勧めることはないか」
 フォークになかなか刺さらないレタスと格闘しつつ、リリスも深く同意する。
「見た目はそう、悪くないんだけどね……。何というか、頼りないからね、ヴァルは」
「昨日も一丁前に紳士礼なんて覚えてきてたけどさ ――― 、クッ、笑わないようにするのが、精一杯だったわよ」
「でしょうね。 ――― 彼がアストルニの紳士と思われては、ほかの方々に失礼よね。もっとほかの ――― 」
「そ、そんなことありません! サーはちゃんと立派なアストルニの紳士でいらっしゃいます!」
 リリスとアルチャは思わず目を瞠った。自分の発言に気が付いたゴディバは真っ赤になって俯くと、猛然と食事を口に運び始めた。


   ☆★☆★☆


「 ――― ックシュン」
 アストルニ学園中高等部学生寮の食堂は、朝食を求める男子生徒たちがひしめき合っている。
「……風邪か?」
 向かいの席で朝食を摂っていたルームメイトが、ちらりと視線だけあげて寄越した。すん、とヴァーノンは鼻をすすった。
「いや、……大丈夫」
「 ――― 感染(うつ)すなよ」
「……僕の心配はしてくれないわけ?」
「おはよー!」
 威勢の良い声とともにがちゃがちゃと食器のぶつかる音がして、金髪の同級生が隣の席を埋めた。合掌して、猛然と咀嚼を始める。
「おう」
「おはよう」
「そういや、聞いたか? 昨日の交流会で」
「なに?」
 金髪の同級生は、朝食の手を緩めることなく言った。
「イスカルナの中等部生が、高等部の会場に紛れ込んでたって話。……気付いたか?」  
「「!」」
 パンにバターを塗っていたヴァーノンの手と、珈琲に伸ばしかけたクリスピンの手が、同時に止まる。だが、それは一瞬のこと、すぐに何事もなかったかのように、時は流れ出した。
「へ、へぇ、そう……。気が付かなかったなぁ……」
「ファニーニは?」
「い、いや、俺も……、特に気がつかなかった、な……」
「そうかぁ……。残念だなぁ。誰か見てねーかな」
 彼はそれ以上の情報を求める気はないようで、「ごちそうさま!」とおざなりに合掌すると、食器を持って早々に立ちあがった。嵐が過ぎ去ったように静かになった隣席に、ほっと胸をなで下ろし、ヴァーノンは横目でルームメイトを盗み見た。
「 ――― ……ファニーニ君」
「なんだ?」
「 ――― 中等部生に、会ったの?」
「……何故?」
「何となく」
 クリスピンは横を向くと、小さく一つ舌打ちをした。手にしていたカップに残っていた珈琲を飲み干し、そのままヴァーノンに突き付ける。
「……なに?」
「珈琲」
「……何で!?」
「何となく」
 カップとクリスピンとを交互に見やり、やがて引かないと悟ると、小さくため息をついてヴァーノンは立ち上がった。
「……はぁ。もう、しかたないなぁ……」
 窓の外に広がる空は、鮮やかな青。眩しいくらいに照りつけ、寮の庭の木々を照らしている光は既に夏の色だ。

 今日も、長い一日になりそうだった。



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