ククリア学園 始まりの、その先
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ククリア学園

-Astorni & Isukarna-

始まりの、その先

 
 あの日の事は、よく覚えている。
 放課後、読みかけの本を読んでしまいたくて、さっさと自室に戻り、読書をしていた時だ。
 部屋の扉が物凄い勢いで開いて、大股で同室のモンブラン・ビーニャスが入ってきた。
 他人行儀に距離を置いてはいても、入室の際にはお互いにノックをするようにしていて、それがなかったことに当然驚いたのだが、それ以上に彼の顔に目を瞠った。
 同室になってから丸一年。端で見ていた感じでは、モンブラン・ビーニャスは滅多なことでは感情を顔に出さない。常にクールで、些細なことでは眉すら動かさない。それがその日、部屋に勢い良く入ってきたモンブラン・ビーニャスは眉を吊り上げ、眼鏡の奥の瞳には厳しい光を宿し、何よりも奥歯をしっかり噛みしめるようにして、口をひん曲げているという――明らかな怒りを露わにしていた。
 彼のそんな様子を見るのは初めてだった。何だか物凄いことが彼にあったに違いない――そう思った瞬間
「――随分と、憤慨しているね」
 そう言葉が滑り出ていた。反応など返って来ないかもしれないと思ったが、彼は大股でこちらに近づいてきて
「これを見ろ」
 と、握りしめてくしゃくしゃになった紙を広げてこちらに突きつけてきた。
 受け取って見れば、この所学年を騒がせている誹謗中傷事件のビラだった。
 曲がったこと理屈に合わないことが嫌いで、自分に厳しく、常に努力で高い所を目指している彼は、前からこの事件に関してはピリピリしていたようだったが、遂に腹に据えかねたのだろう。怒りを隠すことが出来なくなったらしい。
「これは――またか。最近続いているね」
「今月に入ってからもう何人も被害にあってる」
「確か――五人。しかもこの彼は、三度目じゃないかな」
 ビラを眺めながら記憶していたことを何気なく言うと、驚きの気配がした。
「随分と記憶力がいいな」
 見上げれば、赤い瞳が瞠られていて、こちらを探るような顔をしていた。
「気になっていたからね。一度きりの悪戯なのかと思っていたら、続いている。被害が広がるかもしれないと思っていたら、そういうわけでもなく同じ人間に対して繰り返し行っている――何か意図があるのではないかなと」
 この件に関して考えていたことを正直に言う。モンブラン・ビーニャス程ではないが、この事件の悪辣さには不快感を覚えていた。だから意識をするようにはしていた。手口と状況などを記憶しておけば、見えてくるものがあるかもしれないと思っていたから。
「――意図、か」
 モンブラン・ビーニャスは呟き
「どう思う?」
 と、聞いてきた。
 何かを聞かれるとは思わなかったので、意外だった。
「――どう、とは?」
 問うた後に投げかけられた言葉は
「君は意図があるのではと言った。何か思い当たることがあるのではないのか?」
 更に意外なもので――普段、彼との間にある壁のようなものが、おぼろげになっているような、そんな気がした。
 その後、自分の考えを述べ、幾つか言葉を交わした。ずっと一人、頭の中で考えていたことを言葉にしていく。問いに答えることで、考えが形になり、更に新しい見方が頭の中に浮かんでくる。
 モンブラン・ビーニャスの言葉が、自分の考えを発展させる――こういうことは今まで他の誰ともなかったことで、なんだか心地よかった。
 そして。
「成績上位のヤツを狙っているのなら――何故、俺と君が対象にならないんだ」
 尤もな問い。
 学年首席の座にいる自分と、同じく常に学年十位以内常連のモンブラン・ビーニャス。この件の対象にされる可能性はないわけではなかった。
 しかし、改めて問われて、己とモンブラン・ビーニャスの事を省みれば簡単なことで。
「貴方も――自分で言うのもなんだけど――僕も、こんなことで動揺するほど繊細なタマじゃないだろう?」
 こう言ってはなんだが自分にはそれだけ自信があるし、モンブラン・ビーニャスも自信の塊だ。こんなことで動揺するはずがない。
 モンブラン・ビーニャスは目を丸くしていた。完全に不意を衝かれたといった顔をしていた。
 そんな彼の顔を見るのも初めてで、それどころか
「クッ――違いない」
 彼はそう言って、笑った。それは当然同室になって初めて見る笑みで、釣られるように笑い、笑いを合わせたのも初めての事だった。
 笑ったことで、モンブラン・ビーニャスからは先ほどまでの怒りの気配が消えて、同時に

 彼との間に常にあった壁が――先ほどおぼろげになった気がしたものが――更に希薄になったのを感じた。

 同室になってからの一年。事務的な会話以外殆どしたことがないのが嘘のように、会話が続く。
「では犯人は、学年上位十名に近い人間か?」
「どうだろう。ひょっとしたら十名の中にいるかもしれないし、可能性として、五人の中に自作自演してる者がいないとは限らない」
「自作自演、か。自分で暴露してもそこまで痛手ではない話を出しておいて、目くらましというわけだな」
 こちらの言葉を当たり前のように受け止め、しっかりと投げ返してくる。
 投げた言葉を受け止めて、自分のものとして理解し、またこちらに新たに言葉を投げてくる。
 ほんの少し前まで言葉を交わす事すら稀だった相手とは思えない、自然なやりとり。
「マクシム・マレット」
「? 何だい?」
「俺は、こう言ったことは絶対に許せない。犯人をこの手で挙げてやる」
「貴方らしいな――モンブラン・ビーニャス」
 それは他人に厳しく、それ以上に自分に厳しい彼らしい言葉で。
 続いた言葉は
「だから、手を貸せ」
 意外ではあったけれど、当たり前の言葉であったようにも思う。
「容易ではないことだろうが、君となら出来る気がする」
 
 それは、自分も思ったこと――貴方となら、出来る、と。

「――そんな風に思ってくれるのは光栄だ。僕に出来ることがあれば喜んで」
 否と言う言葉などない。
 出来ると思ったからには、やる。
 モンブラン・ビーニャスとの間にあった壁は、完全に消えた。
 意見を求めれば、求めた以上のものが返ってくる。彼の言葉に気付かされることのなんと多い事か。こちらの考えを彼が拾い、新たな見方を添えて返してくる。それを受けて生まれた新たな考えを述べる。
 モンブラン・ビーニャスとの会話には、発展性が、広がりがあった。
 そうして事件を二人で解決し、それ以後も当たり前のように二人で行動するようになった。彼と二人で物事にあたれば、今まで出来た事以上の事が出来る。
 一人でもそれなりにそれなり以上の事は出来た。けれど“モンブランとならば”それなりどころではなく素晴らしい完成度で様々なことをこなせる。

 出来ないことなど、ない。

 そう思えるようになるのに、時間はかからなかった。
 モンブランとならば、常に高い所を走り続けられる。隣にいてくれれば、何も恐れることはない。
 いつしか呼ばれるようになった“アストルニの双璧”という呼称は、そんな自分の想いを裏付けてくれているように思う。
 同室になって五年。共にいるのが当たり前になった、かけがえのない相棒。これから先の長い道行きも、共に歩んで行けたらと、そう願うのは――

 贅沢な、ことだろうか。
 
「この記事、どう思う? マクシム」
 珈琲を飲みながら、朝刊の記事を示してくるモンブラン。
 最近世間を賑わせている市の再開発に関する記事だ。
「ああ、最近話題だね――あまり感心はしないけど」
 朝食の時間よりも早めに起き、モンブランが淹れてくれる珈琲を飲みながら、色んなことを語り合うのは当たり前の日常。
 当たり前は当たり前のまま続けばいい。
「そう言えば、聞いたかい? モンブラン」
「ん?」
「聖イスカルナ女学院との交流の話」
「ああ。本決まりになりそうなのか?」
「らしい。近日中に生徒会の方に正式に話があるそうだ」
「――やれやれ。色々面倒なことになりそうだな」
「イスカルナと交流となると、皆浮つくだろうからね。しっかり引き締めないと」
「だな」
 モンブランとならば、出来ないことなど、ないのだから。


※この創作はこちらの話と対になっています
紳士二人、乙女二人-目次-

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