ククリア学園 深夜のお茶会
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ククリア学園

-Astorni & Isukarna-

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深夜のお茶会

 
 親元を離れて一週間。徒歩か車かの故郷とは格段に違う発達した交通網に、生活に必要な最低限の道程を把握するだけでも一苦労だった。
「 ――― 聖イスカルナ女学院行きのバスなら、3番乗り場ですよ」
 春の陽は傾き始めていた。柔らかい風が吹いていた。
 穏やかな声と、夕日よりも鮮やかな赤い髪と、ベストの金ボタンに刻まれた校章だけが、今も記憶に焼き付いている。

   ☆★☆☆★☆

 聖イスカルナ女学院。幼稚舎から大学まで併設された、国内屈指の名門女子校だ。
 清く、正しく、美しく。
 常に笑顔を忘れず、品を忘れず。
 聖イスカルナの淑女たる自覚を忘れぬこと ――― 。
「 ――― やってられるか」
 ゴディバは小さくつぶやくと、毛布を蹴り上げた。ふわりと舞った毛布は、空気を含んで再び自分の上に落ちてくる。薄暗かった周囲が、降ってきた毛布で真っ暗になる。ため息をつき、瞳を閉じても、睡魔の呼ぶ声は聞こえそうもなかった。
 聖イスカルナ女学院中高等部の学生寮、その3棟あるうちの1つ、エナ寮。西棟に住まう中等部生たちには、3人から4人で一部屋が割り当てられている。3階にある一室で、向かい合わせに置かれた2段ベッドの下段、ゴディバは休息の場所を未だに探し求めていた。消灯時間からは既に1時間以上が経過している。室内からは、同室の少女たちの微かな寝息しか聞こえてこない。
 朝の礼拝に始まり、芸術やスポーツを含む朝から夕までの授業にクラブ活動、帰寮してからもこなすべき課題はたんとあり、余暇を楽しむ時間的余裕もない。3度の食事の時間でさえ、礼節と社交の授業のようなもの、料理の味など感じないに等しかった。おまけに、日常の会話も ――― 「おはようございます、ヒューイットさん。ご機嫌いかが?」「御機嫌よう、ヒューイットさん、先日のソラス・フィルハーモニーの演奏は、お聞きになりました?」 ――― ゆったりとした発声、物腰、言葉遣い、嗜好の趣き……、どれをとっても、中流家庭から奨学金制度を利用して、中等部に入学したゴディバにとっては遠くかけ離れた世界の会話に聞こえ、曖昧に微笑んで対応するのが精いっぱいだった。
 身体はくたくたに疲れていた。だが、一日中張りつめていた緊張の糸は、そう易々と解れてはくれない。毎晩、薄暗い寝台の上で寝がえりをうちながら眠気を待ち、夜明け前の数時間だけうとうととしたところで起床の鐘に飛び起きる。そんな日々の繰り返しだった。
 喉の渇きを覚えて、枕元に置いたはずの水差しに手を伸ばしたが、生憎水は一滴も零れてこない。水差しをたたきつけたくなるのを、舌うち一つで誤魔化した。
 何か飲まないことには眠れそうにない。消灯時刻以降、部屋から出ることは禁止されていたが、仕方がない。ゴディバは枕元に畳んであった羽織物に手を伸ばすと、1階の食堂まで降りて水を汲むために、ベッドを区切るカーテンを静かに開いた。
 わずかな隙間を開けた扉から廊下へ滑り出る。後ろ手にそっと扉を閉め、顔を上げたところで、ゴディバは喉まで出かかった悲鳴を呑み込んだ。
 目の前に人影が立っていた。ゴディバと同様、寝間着姿に薄手のカーディガンを羽織っただけの格好で、突然開くはずのない扉から出てきた人影に、猫のように目を丸くしている。片手には小さなランタンを提げ、もう片方の手には大きなトレイを抱えている。
「 ――― 消灯時間後の外出は、禁止されていますよ」
 音になるかならないかのわずかな空気の震えが、それでも柔らかく囁く。ランタンと、わずかな廊下の常夜灯に灯されたその顔には、見覚えがあった。高等部1年、リリス・リンツ。
「 ――― 先輩こそ」
 囁き声で返すと、リリスは再度目を瞠り、困ったようにまなじりを下げた。周囲の様子をうかがうと、ゴディバに目線だけでついてくるように促す。不審に思いながらも、ゴディバはその後を追った。
 常夜灯の明かりだけが灯された廊下の空気は、やはり室内よりも若干温度が低いようだった。敷き詰められた毛足の長い絨毯は、幸いにも足音を吸収してくれる。息を殺して二人は西棟を抜けた。中央階段を通り過ぎ、中高共有の談話室の前を抜ければ、その向こうは東棟、高等部生の居室だ。リリスは、その一番手前のドアを開けると、ゴディバを中へと誘った。
「ただいま」
 消灯時間後だと言うのに、通常通りの明かりで室内は明るかった。二人部屋の高等部室は中等部生の部屋より狭いはずだが、配置された家具に余裕がある所為か若干広く感じられた。部屋の中央に置かれた小さなテーブルには、温められたティーポットとティーカップが2客、伏せておいてある。
「おかえりなさい。……あら」
 その傍らで本を読んでいた、黒髪の少女が顔を上げ、予定外の来客に黒い双眸を少し大きくした。
「ついに見つかってしまったわ。……連勝記録は21でストップね」
「21も続いた方が奇跡だわよ……。だから、食堂の冷蔵庫を使うのは危険だって言ったじゃない」
「でも、タルトは冷やしておかなければ、傷んでしまうわよ」
「冷蔵庫に入れなくても、常温で置いておけるものにしなさいよ。クッキーとか、マフィンとか」
「それなら、自分で作れるもの。せっかくアルが来てくれたんだから、アルが作ったケーキが食べたいじゃない?」
「だから、私はリリスの夜食を作るために、この学校に来たわけじゃないないって、何度も言ってるでしょう」
 明るいところで見ると、リリスの髪はゴディバとよく似た亜麻色をしていた。肩より少し下くらいの長さで、今はリボンで緩く一つに束ねられている。アルと呼ばれた同室らしき少女の黒髪はそれより長く、背中の中程までありそうだ。就寝前だからだろう、二つに分けて緩く編んである。まだあどけなさの残る幼顔だが、丸く大きな瞳に宿る光には確たるものがあった。
「それで、彼女は?」
 黒髪の少女が、ゴディバに視線を向ける。
「知ってるでしょう? 中等部のゴディバ・ヒューイットさん……ですわね?」
「っ! どうして……」
「あぁ、あなたが……あの」
「存じてますよ。ヒューイットさんは ――― 目立ちますから」
「あのね、リリス、私が聞きたいのはそうじゃなくて……。どうして、そのヒューイットさんがここにいるの?」
「一緒にお茶しようと思って」
「 ――― は?」
「だって、見つかったあの場で、そのまま別れるわけには行かないでしょう?」
「まぁ……そう、ね」
「つまり、口止め ――― ということですか」
「いいえ。 ――― これは共犯というのよ。このことを寮母様に報告するなら、そうなさったらいいわ。ただし……、そのためには、あなたも則を犯して、部屋を出たことは言わなければならないわね」
「……だから ――― 、黙っていろと?」
「どうせなら、一緒に美味しい想いをしましょう……ということよ。 ――― いかが?」
 消灯後の外出に飲食、加えて寮施設の私的利用。寮則を堂々と破ってまるで悪びれない二人に、いっそ清々しささえ覚えてゴディバは吹き出した。自分もどうせ眠れない夜。
「 ――― わかりました」
「ありがとう。 ――― あぁ、まだ名乗っていませんでしたね。わたしは高等部1年のリリス・リンツ。こちらは同室の……」
「高等部1年、アルチャ・アルティスよ」
「 ――― 中等部1年、ゴディバ・ヒューイットです。よろしく ――― 先輩方」
 ワンピースタイプの寝間着の裾をすこしだけ摘まみ上げ、軽くひざを折る。覚えたばかりの不慣れな一礼を披露すると、リリスがふわりと微笑んでそれに応え、数段に洗練された滑らかな一礼で席を示した。
 こうして、深夜の秘密のお茶会が始まった。
 
   ☆★☆

「 ――― そういえば、先輩はどうして私のことを知っていたのです?」
 テーブルに置かれた、リリスが運んできたトレイには、綺麗に切り分けられたフルーツタルトが乗っていた。加えてアーモンドやチョコレートの入ったクッキーに、ドライフルーツのパウンドケーキ。
 そのタルトを一つほおばろうとしていたリリスは、ゴディバの問いに、アルチャと軽く顔を見合わせた。
「悪目立ち……、してましたか」
 その様子から、どうせ良くない噂なのだろうと、嘆息する。
「わる…くは、ないと思うけれど」
「純粋に褒めてもないわね……」
「何です?」
 しばらく言い淀んでいた二人だが、再度の追及に口を割った。
「気を悪くなさらないでね?  ――― 『イスカルナの笑わない乙女』と」
「『氷の美少女』 ――― とも聞きますわね」
「……なるほど 」
 ゴディバは疲れた笑いを漏らした。
「どんな噂かと思ったら……」
 同級生の話についていけず、曖昧に笑って誤魔化すことが多かった。次第に話しかけることも減り、自然笑うことも減っていたが、まさかそんな風に噂されていたとは。
「微笑うのは……苦手ですか?」
「……楽しかったり、嬉しかったりしたら、……人並みには笑いますよ。ただ、作り笑いをするのは、……そうですね、得意ではありません」
「学院の生活は、楽しくありませんか?」
 リリスが、2切れ目のタルトに手を伸ばす。ゴディバは、こくんと一口、ミルクティを飲んだ。
「正直、まだ……、そんな余裕がありません」
「そうですね……。まだ入学して一月程ですものね」
「普通校にはない、厳しい面もありますからね。……礼節の授業ですとか。立ち居振る舞いも常に問われますし」
「えぇ……」
 3切れ目のタルトまで綺麗に消費して、リリスは満足そうに「美味しい…!」と満面の笑みを浮かべている。その様子に、ゴディバはため息をついた。
「――― リンツ先輩くらい、素直に笑えたらいいのに、と思います」
「あら、これは天然よ。模範にしちゃいけないわ」
「 ――― なによ、アル。失礼ね」
「天然と言いますが、 ――― それは自然ということでしょう。自然体で、笑顔と品を忘れぬ淑女たる振る舞いが出来る ――― 、まさに学院が求めている生徒の姿ではないですか?」
 アルチャは一瞬言葉を失い、目を瞬いて目の前の後輩を見つめた。
「リリスが、イスカルナの淑女の模範だとでも? ――― 本当の淑女というものは、こんな深夜にケーキを食べてたりなんかしませんよ」
「それは……、そうかもしれませんが」
「ヒューイットさん」
 パウンドケーキにフォークを指しながら、リリスがゴディバを制した。
「笑顔というのは、心に余裕があることで生まれるものです。楽しかったり、幸せだったりすれば、人は自然と笑顔になります。楽しみや幸せを感じるためには、心に余裕があることが必要なのです。……判ります?」
「……はい」
「今はまだ、学院の生活に不慣れで、そんな余裕がないとおっしゃいましたね。では余裕が持てるように、心にも身体にも休息を与えましょう。それには……、甘いものをお腹いっぱい食べるのが一番です!」
 ぐっ、とフォークを握りしめ、リリスは身を乗り出して力説する。
「お腹が空いていると、気分も滅入ってきます。糖分は体にも心にも必要な栄養素なのです。わたしがイスカルナの淑女の模範に見えるならば ――― 、それはこうして毎晩ケーキを食べてるからだと思いますわ」
「だから、毎晩ケーキ食べてる時点で、淑女からかけ離れてるからね?」
 すかさずアルチャがくぎを刺す。トレイの上の菓子たちは、すでに9割方が消費されていた。リリスと同様のペースで、アルチャも口に運んでいるからだ。
「一言多いわよ。――― ああ! やっぱりアルのタルトは最高だわ!」
「それはどうも」
「もっと食べたい。明日も作って! 明日は……、シュークリームなんかいいわね」
「もう保冷が必要な生菓子は作らないわ」
「えぇ~? そんなぁ…」
「……もう。また見つかったらどうするのよ」
「じゃあ……、アップルパイとか」
「まぁ、それなら、……いいわよ」
「やった! じゃ、アイスクリームも添えて」
「リリス? 冷蔵庫は使わないと言ったでしょう」
 そのやり取りに、ゴディバは思わず吹き出した。クスクスと笑いだすと、笑いが止まらなくなった。
「あぁ、やっと笑ってくれましたね」
「あ……、ご、ごめんなさい…!」
 慌てて口をつぐんだが、リリスもアルチャも、それを咎めることもなく、ふわりと微笑んだ。
「いいえ、構いませんよ」
「笑われるようなことしてるんだから、笑ってやっていいのよ」
「あら、わたし笑われるようなこと、してた?」
「自覚ないの?」
 堪えきれずに、再び吹き出した。笑うと強張っていた顔が解れるのと同時に、緊張の糸も解れていくのを感じる。胸につかえていたものがストンとなくなり、心が軽くなったようだ。
 目尻に浮かんだ涙をぬぐうと、ゴディバは微笑んだ。
「すみません。……ありがとうございます」
「お礼を言われるようなことはなにも。――― またこうして、ご一緒にお茶しましょうね」
「 ――― はい、ぜひ」
 この日を境に、ゴディバの学院での生活は転機を迎える。ぎこちないながらも少しずつ笑顔を見せることが増え、笑わない乙女と呼ばれることもなくなっていった。
 きっかけとなった深夜の密かなお茶会は、今も時々開かれている。

 



先輩の口封じに付き合わされた結果……

illustrate by るか



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