ククリア学園 紳士二人、乙女二人-6-
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ククリア学園

-Astorni & Isukarna-

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紳士二人、乙女二人-6-

 
「モンブラン、今週金曜日の放課後、時間取れないか?」
 五月末の月曜の晩。自室で寛ぐモンブランに、マクシムが言った。
「金曜日の放課後? 特に何もないと思うが、打ち合わせか何かか?」
「いや。実は、親戚からこんなものを貰ってしまってね」
 一枚の紙片が差し出される。
「……ファルケ美術館のチケットか」
「母方の伯母が美術関係が好きな人なんだ。会って話せばそういう話題になる」
「ふむ。それで観に行って来いということか。今の展示は『印象派絵画の流れ』。そういえば美術のナイン先生が機会があれば観ておくようにとか言っていたな」
「そうだね。わりと一般的に知られてる絵が来てるみたいだし……そのチケットに使われている『滝の上の乙女』とか」
「なるほど。まあ別にかまわんが……何故金曜の放課後なんだ? 休日ではなく?」
 当たり前の疑問を口にすると、マクシムは肩を竦めた。
「貴方と休日に出かけるのはまあ普通のことだけれど、買い物やら趣味がわりと合う映画、スポーツ観戦はともかく、美術学生でもない男二人で休日の美術館ってどう思う?」
 マクシムの指摘にモンブランは目を瞠り、次の瞬間にはげんなりとした顔になる。
「……よくわかった。金曜の放課後で構わない。ただ放課後だと閉館時間まであまり時間がなさそうだな」
「僕らが美術に物凄く興味があるならば、のんびり時間を取るところだろうけど、そんなことはないだろう」
「だな。だいたい観れればいい程度だ」
「だからまあ多分時間的には一時間程度になるだろうけれど、それくらいあれば十分ではないかな。時間帯的に空いてそうだし」
「確かに。では、金曜の放課後に」
「ああ。朝食後に外出届を出しに行こう。それと当日は遅くなるだろうから、外で食事にしないか。付き合って貰うことだし、奢らせてもらうよ」
 モンブランは笑いながら、手にしたチケットをマクシムに返す。
「別にそんなことは気にしなくてもいい。何か厄介なことをするわけでもないしな。ただ――食事はするならラゴル亭がいい」
 マクシムの顔にも笑みが浮かぶ。
「いいね。あそこは安くて美味い。ファルケ美術館からもそう遠くないし」
「よし――そうなると、美術館より夕食の方が楽しみだな」
「フフッ――僕もだ」
 二人は顔を見合わせ、笑い声をあげた。





 金曜日。
 前もって決めていた通り、朝食後に美術館見学のための外出届を提出、同時に外食をする旨を申請した。帰寮予定時刻は夜八時の門限丁度。
 場合によっては、本当に美術館を見学したのかの証明としてチケットの半券の提出を求められたりもするのだが、会長二人の申し出は特に何事もなく受理された。
 授業の後、すぐさま寮の自室に戻り荷物を片付け、二人で出かける。学園前からバスでの移動だ。中央駅へ。そこからファルケ美術館へは地下鉄で二駅。全体の移動時間は三十分ほどになる。
 美術館に着いたのは十七時。閉館時間まで一時間。平日、閉館間際の館内は人影がまばらで閑散としていた。
 入って即、マクシムは展示案内図を見て、脇目もふらず奥へと歩き出した。入口から続く展示品には目もくれない。
「――おい、マクシム。観ないのか?」
 小声でモンブランが声をかければ、
「――ちょっとね」
 マクシムは小さく笑って、そのまま足を緩めない。モンブランも特にすべてをじっくり観たいわけではないので、釈然としないながらもそのままついて行く。
 館内中央の小部屋。そこにはその時の催しで一番のメインとなる作品が飾られる部屋だ。マクシムはその前で足を止めた。真っ直ぐに部屋の奥を見つめている。モンブランはそんなマクシムを伺い、同じように部屋の奥に視線を向け――息を呑んだ。
 部屋の奥正面。中央の壁には大きな一枚の絵が飾られている。青を基調としたそれは、この絵画展の目玉である『滝の上の乙女』。
 そして、その絵の前に佇む姿が二つ。遠目に見てもわかる聖イスカルナ女学院の制服。二人の髪色は――柑橘色と金色。
 僅かの間呼吸することを忘れていたモンブランは、深く息を吸ってマクシムを睨む。
「――謀ったな」
 切れの長い鳶色の瞳が、楽しげな光を宿してモンブランを見る。
「謀ってはいない――仕組んだけれど」
「ッ……同じことだろう」
「意味合いが全然違うよ。これは、悪い事なのかな? 貴方にとって」
 人の気配を感じたからか、声が聞こえたからか、絵画の前に立つ二人が振り返った。柑橘色の髪の乙女と、金色の髪の乙女――セリーナ・ギローとアイネズ・フレデリック。交流会で巡り合った乙女達。
 セリーナ・ギローはこちらを見止めて、微笑みを浮かべた。アイネズ・フレデリックは大きく目を見開くと、セリーナ・ギローの腕を掴んで何事かを訴え始めている。
「フフッ――レディー・フレデリックも貴方と同じみたいだね」
「――まったく……何が親戚から貰った、だ。よくよく考えれば美術好きの伯母上の話など今まで聞いたこともない」
 マクシムは悪戯っぽく笑っている。
「ちょっと苦しいかなと思ったんだけれど。素直に信じてくれたから、ありがたかった」
「クソッ……」
 視線の先の乙女達も、マクシムとモンブランのように何かを言い合っている。セリーナ・ギローは笑っていて、アイネズ・フレデリックはあからさまに不満げなのも、二人と同じだ。
 展示室の小部屋には他に誰もいない。その入り口に佇むマクシムとモンブランの周囲にも。
 だからこそ、今日、平日のこの時間だったのだとモンブランは悟る。完全に仕組まれていた――乱暴に頭を掻く。
「――モンブラン」
「なんだ」
 マクシムの顔からは笑みが消えている。真剣な眼差しがモンブランに据えられる。
「僕は、今日、レディー・ギローと“これから先の話”をしようと思ってきた」
「――!」
「僕は、あの方との“これから”が欲しい」
「――君は……本当にレディー・ギローを」
「自分でも自分に驚いているけれどね……。貴方はらしくないと思っているかもしれないけれど、僕自身もそう思ってる。でも」
 マクシムは視線をセリーナ・ギローに向けた。そこから伺える気持ちは――おそらく、恋慕。息を潜める様にして、唇を引き結んでいる。今すぐにでも、側に行きたいという気持ちを抑えているのかもしれない。
「交流会で出会ってからずっと、心の中にあの方がいる。もっとあの方を知りたい。その為に話をしたいと僕は望んで、あの方も応えてくれた。それを無碍にするつもりはない」
 再びモンブランに巡ってきた視線は、少し厳しい光を宿している。
「だから今日、こうした形で会うことにした。この時間のこういう場ならば、あまり人目を惹くことはないと思ったからね」
「それは、そうなんだろうと思った。だが、何故、俺まで――」
 マクシムは口の端を上げた。
「素直でない我が友に、ちょっとしたお節介をね」
「なッ……」
「このままにしておいたら、貴方はきっと秋の交流会までそのままでいただろうから」
「俺は、放っておけと言ったはずだ。俺は、別に――」
 手のかかる子供を見るかのような優しい眼差しを、マクシムはモンブランに向けてくる。
「それならそれでもいい。でも、僕と貴方は長い付き合いだからね。僕は、貴方にとってレディー・フレデリックは特別なのだろうと思っている。交流会両日の様子からすれば――端で見ていてもわかる」
「俺が……あの方を気にしているというのなら、それは、ただ――ただ、フレデリックと言う家名に興味があるだけだ」
 吐き捨てるような物言いに、マクシムは不意を衝かれたような顔をしたが、すぐに顔に笑みを乗せた。拳を口に当てて、大きくなりそうな笑いを堪えるようにしている。
「そんなことを僕に言っても無駄だ。耳が赤くなっているよ、モンブラン――照れ隠しだ」
「――ッ……」
「だいたい家名のことを言うのならギローの家も同格だ。だが貴方が選んだのは、レディー・フレデリック。彼女だからこそ、だろう」
 モンブランは言葉を返せない。マクシムの指摘は真っ直ぐに突き刺さる。訳知り顔がまったくもって面白くないが、反論など出てこない。的確に衝かれた本心を誤魔化すことは不可能だ。
 マクシムは穏やかに畳み掛けてくる。
「レディー・ギローは今日この場に、貴方を連れて来ることと、レディー・フレデリックを伴って来てくれることを承知してくれた。むしろ同じことを言おうと思っていたと、仰ってくれたくらいだ」
 二人の乙女は話が済んだのか、またこちらに背を向けて絵を見ている態を装っている。ただしセリーナ・ギローの制服の袖は、アイネズ・フレデリックに抓まれている。
「それも踏まえて僕は、おそらくレディー・フレデリックも貴方を――と、思っているが……それは貴方が訊くべきこと、か」
「――マクシム。俺は――」
「モンブラン。さっきも言ったが、僕はこの機会を無駄にするつもりはない。必ず、レディー・ギローと先の約束を交わすつもりだ。その上で――貴方に聞きたい」
「……何を」
「貴方は僕にとって一番の友で、最も信頼してる相手だ。そんな貴方が“同志になれば、なお、心強い”と思っているんだが」
「――!」
「――どうするのかな?」
 マクシムの視線は二人の乙女の方へ。アイネズ・フレデリックを意味ありげに見つめている。
 モンブランの視線も彼女の方へ。
 交流会の日に、視線を――おそらく意識も――縛られた相手。
 セリーナ・ギローに彼女の体の話を聞いた瞬間、モンブラン自身を突き動かしたものは、確かにまだ、己の中にある。
 見つめながら、ゆっくりと深く息を吸う。
「――わかった」
 マクシムの視線を意識しながら眼鏡を抑え、押し上げる。
「どうなるかはわからんが――俺も、あの方と話をしてみたいとは思う。交流会では、満足な会話もしてはいないからな。……色々と――聞きたいこともある」
 結局素直とは程遠い返答になったが、マクシムは満足げに笑った。頷きが一つ。
「そうか――では、行こうか。すっかりお待たせしてしまっている」
「――うむ」
 二人は小部屋に足を踏み入れ、乙女達の下へ歩み寄る。交流会一日目に、彼女たちの作り出していた空間へ、進み出た時のように。
 静かに、響く靴音を抑えるように歩んで、マクシムとモンブランは、二人の乙女に並ぶ。
 左からモンブラン、マクシム、セリーナ・ギロー、アイネズ・フレデリックの順。絵の方を向いたまま、適度な距離を保って。あくまでも絵を観ているという風情で。
「ご機嫌麗しく、レディー・ギロー、レディー・フレデリック」
「ご機嫌麗しゅう、サー・マクシム・マレット、サー・モンブラン・ビーニャス」
 抑えた声で挨拶を交わしたのはマクシムとセリーナ・ギロー。礼はせず、目線を交わし、僅か頭を下げることをそれに代える。
「お待たせして申し訳ありません」
「いえ……大丈夫です。そんなに待ってはおりませんから」
 セリーナ・ギローは上品な笑みを浮かべている。
 マクシムはその様をしばらく見つめた後、モンブランを見た。意味ありげな視線。その意図を了解してモンブランは頷いた。
「レディー・フレデリック」
 マクシムの呼びかけに、アイネズ・フレデリックは弾かれたように顔を巡らせた。吊り目がちの赤い瞳が見開かれている。
「レディー・ギローをお借りしてもよろしいでしょうか」
「あっ……」
「少しの時間、レディー・ギローとお話しをさせていただきたい。代わりに――モンブランを置いて行きますので」
「マクシム……」
 物言いに抗議をするが、マクシムはモンブランを見ることもしない。
 アイネズ・フレデリックは更に大きく目を見開いて――モンブランを見た。視線が合う。あの交流会の日のように。互いに逸らせないのもあの日と変わらない。
 やがて、花弁のような唇がゆっくりと動いて
「――わかりました……。セリーナをお願いします」
 金色の頭が縦に揺れた。
 マクシムは微笑みを浮かべると、セリーナ・ギローを見た。セリーナ・ギローもマクシムを見返す。二人はしばらく見つめあい、同時に頷いた。
「では――また後で」
 マクシムが先に立って、歩いて行く。少しだけ距離を置いて、セリーナ・ギローも後に続く。
 二人が小部屋を後にして、モンブランとアイネズ・フレデリックが残された。
 限りなく青い水の色が美しい『滝の上の乙女』の前で、モンブランとアイネズ・フレデリックは視線を絡め続けている。



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