ククリア学園 ファルケの賭け

ククリア学園

-Astorni & Isukarna-

ファルケの賭け

【前置き】
140文字SSの一つから派生して書かれた話。

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この一連の事件の後、マクシムとモンブランが取った行動は……。




 
 放課後。アストルニ学園美術準備室。
 マクシムとモンブランは揃って、そこを訪れていた。
「生徒会長二人が揃ってお出ましとは、珍しいね」
「――ナイン先生、今、少しお時間宜しいでしょうか」
 マクシムの言葉に、美術教師ニコ・ナインはゆったりと穏やかな笑顔で頷いた。
「もちろん。立ち話もなんだから座るといい。君達が直々に揃ってやってくるということは、手短に済むことでもないだろう」
 ニコ・ナインに促され、二人は手近な椅子に座る。
 改めて時間を作ってくれたことの礼を述べた後、マクシムは先ほどあったことをのすべてを簡潔に語った。
 モンブランが持参したカタログを差し出すと、ニコ・ナインはそれを受け取りながら、楽しげに笑い声をあげた。
「なるほどなるほど――ハリー・ロサレス……彼は面白いね」
「そもそも、何故、僕の所に岩を買って欲しいなどと言いにきたのかが……」
 珍しく困惑した表情のマクシム。モンブランも完全にそれに同意と言った表情。
 ニコ・ナインは己の口髭を撫でた。
「君が何か大きな金額を動かす話でもしているのを聞いたんじゃないかな?」
「大きな金額を動かす……?」
「生徒会長である君が、そう言った話をしていれば、お金が必要なことを相談すればいいと思うかもしれない」
 マクシムは顎に手を当てて思い返す。
 モンブランも同じように熟考し――眼鏡の奥の瞳を閃かせた。
「そう言えば、昼飯の時、食堂で予算に関する話をしたな」
「! ……そうだった。交流会の時にかかった金額と、秋の見通しについて少しだけ話したね……。具体的な金額などは憚りがあるからあんなところで口には出来ないけれど」
「大まかな概算で数字を少し口にしたと思う」
「――ああ。なるほど……それを聞かれたか」
 ニコ・ナインの笑みは深い。
「交流会の予算ともなれば、そこそこの金額だね。このカタログにある上等な石材のような」
 マクシムは大きくため息を吐いた。
「まったくです……謎は解けました。ですが生徒会で個人のものに予算を割くことはできません」
「当然だね」
「彼が美術部に所属しているのならば、美術部への予算で――ということになりますが、どうやらそういうわけでもないらしい」
 モンブランが苦笑いをする。
「美術部への予算だとしても、この金額は出せないだろう」
「フフッ――まあね。それで――ナイン先生にお聞きしたいのですが」
 ニコ・ナインは笑顔のまま頷いた。
「ハリー・ロサレスは美術特待生です。故に先生も彼の事はご存知かと思うのですが」
「もちろん。入試の際にも審査をしているし、よく知ってるよ」
「では――彼の美術的才能はどうだと思われていますか?」
 琥珀色の瞳が細まって、ニコ・ナインの顔から笑みが消える。背もたれのある椅子に深く体を預けた。
「彼は――面白いよ」
 ニコ・ナインは、先ほどと同じことを言った。
「確固たる自分の世界を持っている。自分の興味を基準に、世界を広げて行っている。努力次第、伸ばし方によっては、彼の世界はとても大きな世界になるだろう」
 抽象的な物言いに、モンブランは眉を顰め、マクシムは顎を撫でた。
「つまり――それは、見どころがある、ということですか?」
 ゆっくりとした頷きが一つ。
「これからが楽しみだね。彼次第だろうけれど」
 ニコ・ナインは美術の世界ではそれなりに名の通った画家だ。得手は壁画。ハールガーデン駅の駅舎の壁には、彼の作品が使われている。その上教師として美術全般の知識も深い彼の言葉には重みがある。
「そのハリー・ロサレスが、自分の背丈よりも大きな彫刻用の岩を欲しがる……個人的な興味としては、それで彼がどんなものを作るか見てみたいところだね」
 マクシムはゆっくりと自分の前髪を掻き上げて、そのまま頭を抑えた。
「先生がそこまで仰るとは……」
「学園の美術特待生は何人もいない。まったくいない年もある。それくらい狭き門なんだ。彼に才能が無ければ、ここにはいない」
 重々しい言葉は確かに現実ではあるが――モンブランは深いため息を吐いて、首を横に振る。
「だとしても――先ほどのマクシムの発言の繰り返しになりますが、生徒会で石材を買う予算は出せません。ただ――彼は、下手をするとそこらの岩を彫ってしまうので……」
 沈痛なモンブランの言葉に、ニコ・ナインは大きく笑った。
「そうだったそうだった。あれも面白かったね。用務員のラタン君が頭を抱えていたけれど、どれもこれもいい味を出していた」
「自分には――その点は、よくわかりませんが……今後もそういう事態になるのは、避けたいところかと」
「うんうん、そうだね。ラタン君の胃と毛髪が心配だ」
 体育会系で体の大きな用務員の人の好い顔が情けなく歪んでいるのが見えるようだ。
 マクシムは苦笑いをする。
「生徒会の予算は出せない、これは動かせませんが――僕たちとしては彼の制作欲を否定することはしたくないと思っています。そこで、ナイン先生のお知恵を拝借したいなと」
「僕の知恵、かい」
「美術特待生であることを鑑みて、学園的にどこからか予算を割くことは可能なのだろうか、と」
 ニコ・ナインは広い肩を大げさに竦めて笑う。両手を広げて上向けた。
「さすがにこんな石材を買い与える特別扱いはできないよ」
「やはり、そうですよね」
「でも、君の言うように彼の制作欲は尊重したいね、僕としても」
 ニコ・ナインは机の上に雑多に積まれた書類の山の中から、一枚のチラシを取り出した。殆ど迷いなく取り出したところからして、雑多に見えて物の場所は把握できているのだろうかと、マクシムもモンブランも変な感心をする。
「というわけで、彼と“賭け”をしてみるのはどうだろうか」
「「賭け?」」
 思いも掛けない言葉に二人の言葉が揃う。ニコ・ナインは笑顔でチラシを差し出してきた。
 マクシムが受け取り、二人でそれに視線を落とす。
「これは美術部向けに送られてきたチラシだけれどね。今度フライダ市の方で学生対象のコンクールが開催される」
「確か――毎年この時期に行われている……のでしたか。名前は聞いたことがあります」
「そうそう。ここのところ学園からの目立った入賞がないのが悩みどころでね。そこそこの賞は貰っているんだけれど、アストルニ学園としては上位を狙っていきたい」
 モンブランは眼鏡の奥の瞳を軽く瞠る。
「先生は、ハリー・ロサレスにこれに挑戦させる、と」
 深い笑みと頷き。癖なのか、ニコ・ナインはまた口髭を撫でた。
「このコンクールはフライダ市でも伝統のあるコンクールだ。上位入賞できればそれだけ箔もつく。そして彼が結果を残せば、学園としても彼を援助する理由が出来る」
「それが――“賭け”ですか」
「まあ、限界はあるからこのクラスの石材をどうこうできるかは、わからないけれど、ハリー・ロサレスにとって悪い話にはならないだろう」
 マクシムとモンブランは顔を見合わせる。
 手の中のフライダ市主催コンクールのチラシ。それなりに有名なコンクールのはずだ。今活躍している名のある画家、デザイナーの経歴にはこのコンクールの受賞歴が書かれていることが多い。
 マクシムは何かを考え込むように顎に手を当てた。
「ハリー・ロサレスが、受けるでしょうか」
「受けると思うよ。美術を志す者は誰しもそれなりに高みに昇りたいという欲求がある。と、言うより、彼はきっと挑まれたら退かないと思う」
 短く刈り込まれた金髪を撫で上げて、ニコ・ナインは大きく伸びをした。
「締め切りは一か月後。あまり時間もないけれど」
「そうなってくると……」
 モンブランは顔を歪めた。
「また深夜の騒音で第二寮が大変なことになるかもしれんな……」
 ニコ・ナインは琥珀色の瞳を瞠って、忙しなく瞬きをした。
「彼は自室で作業をしているのかい。しかも深夜……同室の相手は大丈夫なのかな」
 驚いたような、心配そうな顔に、マクシムは苦笑いで肩を竦める。
「それが同室の者もなかなか大物で。一度寝付けば、朝までそのままだと」
「ははははは。それはまた。素敵な相手とルームメイトになったものだ。だけれどもし彫刻で挑戦するとなれば同室の相手だけの問題じゃなくなるね……なるべく日中の作業に限るようにさせるとして、もし期限的に厳しいようであれば、美術制作室の一つを夜間でも使えるように手配しよう。あくまでも期限的に厳しい場合に限るけれどね」
 再びマクシムとモンブランは顔を見合わせる。モンブランはそっと眼鏡の弦を押し上げた。
「先生は――本当に、ハリー・ロサレスを買っているのですね」
「彼は面白い。そして――才能がある。多分“僕にはない才能”が」
 ニコ・ナインは何故か少し淋しそうに笑った。
 どこか遠くを見るような瞳と、寂寥を帯びた雰囲気に、二人は瞬間飲まれる。
 そこから逃れるべくマクシムは大きく息を吸って、腹に力を入れた。
「では、先生。明日の放課後――三時頃、お時間をいただけませんか」
「明日の三時……うん、大丈夫だよ」
「ハリー・ロサレスを生徒会室に呼び出します。その際に今の話をしたいと思うので、ご同席願えませんか」
「もちろん。では、明日僕から彼に賭けを提案しよう。このコンクールに入賞できたなら、と」
 ニコ・ナインは穏やかな微笑みで請け負った。



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