ククリア学園 Rum Pound Cake,Sweet Spicy Memories
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ククリア学園

-Astorni & Isukarna-

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Rum Pound Cake,Sweet Spicy Memories

 
 土日と祝日を合わせた秋の短期休暇最終日。
 実家から戻ったモンブランは荷物の片づけをしている。
 必死に遠慮したにもかかわらず、母にいいから持って行けと押し付けられた菓子類を調理スペースの棚に分類して仕舞う。茶菓子として食べるには申し分のないものばかりだったが、普段茶は飲んでも茶請けにものをあまり食べることがないので持て余すかもしれない。当然すべて保存がきくものではあるが、菓子類を好む同級生にでも少し分けるべきかと思案しながら棚の扉を閉めた。
 荷物の中から洗濯ものの類を取り出して、脱衣所の籠の中へ。
 その他細々したものを、手早く仕分けていく。
 たまたま帰省していた長兄から借りた本のページを捲ったところで、扉をノックする音。
「はい」
 応えて扉を開けると、僅かに目を瞠ったマクシムが立っていた。
「ああ、モンブラン、もう戻っていたのか。早いね」
「今しがた戻ったばかりだ。そんなに変わらない――君こそ早いな」
「夏季休暇からそんなに間も空いてないしね。実家でのんびりしていても、意外に落ち着かない」
「フッ――似たようなものか」
 アストルニ学園に入学して以来の寮生活。自分の家よりも長い時間をこの寮で過ごしている。実家への帰省にも関わらず、むしろ客として来訪する心持ちになったりもする。
 マクシムは荷物を自分の机の上に置くと、軽く右肩を回した。
「ミズ・レモンはお元気だったかい」
「それこそ夏季休暇から間が空いてないから変わりようもないが、いつも通り有り余るくらいだった」
「ははは、何よりだ。元気のないミズ・レモンなんて僕には想像つかないけれど」
「君にはこの間の夏季休暇でも会っているというのに、次にウチに来るのはいつなのか、冬には来ないのか?――とか言っていたぞ」
 切れの長い鳶色の瞳が瞠られて、瞬きが三度。マクシムは楽しそうに破顔した。
「夏季休暇にお会いしてから、まだ一か月半ほどしか経っていないんだけれどね」
「母は君の事を気に入っているからな」
「光栄だな。まあ僕の方も似たようなものなんだけれど――はい、これ」
 小さな紙の手提げを渡される。
 目線だけで何かと問うと、良いから開けてみろと促される。手提げの中には紙袋が入っている。取り出して開けてみれば、甘い香りが鼻腔をくすぐって――色よく焼けたパウンドケーキが入っていた。
「これは美味そうだな」
「父から貴方へ」
 モンブランは目を丸くする。
「君のお父上から――それはまた」
「貴方に焼き立てを食わせてやりたい食わせてやりたいと言いながら、朝から張り切って焼いていたものなんだ」
「――そうか……確かに焼き立ては凄く美味いだろうな――君は食べたのか?」
 マクシムは苦笑いで首を横に振る。
「まさか。父曰く、モンブラン君が焼き立てを食えないんだから、お前も食べるな。食いたければ、戻ってから分けて貰え――ときた」
「クッ――ありがたいというか……何と言うか」
「父は貴方を気に入っているからね。ミズ・レモンと同じように、冬には来るのか気にしていたよ」
 向けられる好意がなんだかくすぐったくて、モンブランは小さく肩を竦めた。パウンドケーキの袋を手に調理場へ向かう。
「では、早速頂くとしよう。茶を淹れるから、手洗いとうがいでもして来い」
 時間は午後三時過ぎ。茶を飲むには丁度いい時間だ。
 まず薬缶に水を入れ、火に掛ける。そうしてドライフルーツ入りのパウンドケーキにはどんな茶葉が合うだろうかと思案する。しっとりとした甘みのある香りからすると、ごくシンプルなものがいいように思える。
「――ダージリンだな」
 一般的で、さわやかな渋みのある茶葉。ミルクも砂糖も淹れずに飲むのが良い。主役であるパウンドケーキを引き立ててくれるだろう。
 陶器のティーポットに茶葉を入れておく。湯が沸くのを待つ時間に、パウンドケーキを切り分ける。パウンド型一本分というそこそこの分量ではあるが、おそらく数日――下手したら今日明日にでも――食べきってしまうだろう。
 沸いた湯を一気に注ぎ、蓋をして、二分。二つのカップに、赤みの薄い茶の液体を満たす。馨しい香りが調理場に広がった。
 プレートに茶とパウンドケーキの皿をのせて部屋に戻ると、マクシムは部屋着に着替えて荷物の整理をしていた。
 窓際の小さなティーテーブルに、茶とケーキ皿を置く。
「片づけは後にして、とりあえず茶にしよう。冷めないうちに」
「そうだね、ありがとう――ダージリンか。いい香りだ」
 茶を一口啜った後、パウンドケーキを口に入れる。充分にフルーツの味が沁みている。一際芳醇な味わいはラム酒のものだろう。スポンジが解れる度に、上品なラムの風味が口の中に広がる。
「やはり美味いな」
 評論家ではない故に、どこがどうと表現することはできないが、心の底からそう思う。
 マクシムは嬉しそうに笑った。
「貴方がそう言ってくれたなら、父も喜ぶよ」
「焼き立てでなくても充分に美味い――いや、少し時間を置いた今だから、より味が生地に沁みているのではないか」
「そうだね。パウンドケーキは時間を置くと味わいが深まる。でも、これに関しては焼き立てだとまた違うんだ」
「ほう?」
「焼き立ては本当にラムが薫り高くてね。今よりももっと口の中がラムでいっぱいになる。そこにミントで風味を付けたメレンゲを添えてくれるんだが、これと一緒に食べるとまた絶妙でね」
「フッ――なるほど。聞いているだけで美味そうだ。是非、機会があったら食べてみたいな」
「もちろん次にウチに来たときには振る舞ってくれると思うよ。あれだけ貴方に焼き立てをって言っていたくらいだからね」
 パウンドケーキと茶を口にしながら、互いの家であったことを報告し合う。
 中等部二年の終わりから、モンブランとマクシムは長期休暇のたびにお互いの家を行き来している。ビーニャス家もマレット家も、息子のルームメイトである大切な友人を家族同然に扱うので、家に帰れば当然話題に上がる。どちらの親も帰ってきた息子よりも、その友のことを聞きたがるほどだ。
 家族がこんなことを言っていたという報告だけでも、話は尽きない。
「そうだ。君が興味があるのではないかと思って、兄にこれを借りて来たんだが」
「――ああ、ハッシャーの戯曲……しかも原書か。これはなかなか手に入らないもののはずなんだが、いいのかい? 借りてしまって」
「君ならばと。原書でも、問題なく読めるだろう」
「ん……ところどころ辞書を引かないとだろうけれど――ありがとう、わざわざ。嬉しいよ」
「――いや。ただ次の休暇に兄と鉢合わせたら、内容に関して議論する羽目になると思うが」
「フフッ――では、それまでにじっくりと読み込んでおこう」
 マクシムは本の表紙をそっと撫でると、静かに自分の机の上に置いた。
「そう言えば、僕の方も――」
 呟いて荷物の中からマクシムは薄い紙袋を取り出した。差し出されたので、そのまま受け取る。封がされているが、中身はおそらく雑誌の類だろう。
「たまたま幼馴染が帰省していて、久しぶりに時間をかけて話したんだが、帰り際にやってきてそれを渡された」
「雑誌が入ってるみたいだが。中は見ていないのか?」
「寮に戻ってから、同室のヤツと見るといいって話だったから、そのままだ」
「ふむ……? わざわざ俺と見ろというのは何か意味があるのか」
「彼は物凄いお調子者でね……その彼のすることだから何かあるだろうし、実際、企んでそうな笑顔だった」
 なんの変哲もない薄い茶の紙袋。厚み、形状、感触からしておそらく雑誌が入っているのは間違いはない。
「君が開けてみたらどうだ。一緒に見ろという言伝とはいえ、貰ったのは君だ」
「ああ」
 マクシムはモンブランから紙袋を受け取り、丁寧に袋の封を開けた。
 中から出てきたのはやはり雑誌。表紙を上にテーブルに置いて
「――」
「……」
 二人の間に微妙な沈黙が落ちる。
 モンブランは無意識に眼鏡の弦を押し上げた。
 マクシムはのんびりとした動きで前髪を掻き上げて、そのまま手で頭を押さえている。
「君のお調子者の幼馴染とやらは“コレ”をくれた時に、同室のヤツと見ろ以外に何か言っていなかったか」
「確か“潤いのない男子寮”に帰るお前に餞別だとか言っていたね……」
「“潤い”、ね……」
 無言で机の上の雑誌に視線を落とす。
 表紙を飾っているのは一人の女性。身に着けているのは水着だが布地が申し訳程度の量、その上大胆に足を広げて座っていてかなり際どい。豊かな胸は完全に布からはみ出している。色っぽく挑戦的な視線をこちらに向けている。写真の上に躍る文字は眩しい色合いで、何よりも内容が煽情的で直接的なものばかり。
 所謂“そういう類”のグラビア雑誌である。
「これは、たまにクラスで読んでるヤツがいるな……」
「――そうだね……確か“こういう類”では一番メジャーな雑誌だと思う」
「詳しいな」
「ッ……冗談がキツイな――本屋に通っていればそれくらいのことは何となくわかるものだ」
 外出となれば、必ず本屋に行くマクシムだ。もちろんその言葉の通りだと思っている。顔を見合わせて苦笑い。
 マクシムはゆっくりと深く長い息を吐いた。片手で茶をすすりながら、雑誌のページを一枚めくった。内側にも表紙と変わらぬ姿の女性の写真が並んでいる。ゆっくりと一ページずつ先に送って行く。
 モンブランも茶を飲み、パウンドケーキを口にしながら、それを何となく目線で追う。
 特に言葉もなく、表情の変化もなく、二人の視線はグラビアの上を滑る。まじまじと見ることはなく、ただ目を向けるといった体裁を二人とも保っている。
 雑誌のほぼ中央の見開きページでマクシムは手を止めた。そこには他のページよりも大勢の――当然服は身に纏っていると辛うじて言える具合だ――女性が、しどけないポーズをとって並んでいた。
 マクシムは瞳を眇めてそれを一瞥して――小さく笑った。
「モンブラン」
「――ん?」
「この中でどの娘が好みだい」
「ゲフッ」
 完全に不意を衝かれて、むせる。丁度茶を啜ろうとしたタイミングではあったが、何とか勢いよく吹きだすのは堪えた。素早く机にティーカップを置き態勢を整えて、口元を拭いながらマクシムを睨む。
「何を……言うかと思えば」
 普通の人間が向けられたら、心の臓が動きを止めかねないほどの鋭い視線だったが、今向けられている当人は至って楽しげだ。マクシムにモンブランの視線の威力は通じない。
「まあ、僕らも所謂年頃の男子であることだし。貴方だって興味がないわけではないだろう?」
「――ッ」
「貴方と親しくして随分経つけれど、今までこういった話はしたことがなかったし、どうなのかなと」
 興味などない――そんなことを言ってもおそらくマクシムには通じない。だから否定はしないが肯定もしない。物凄く微妙な顔を自分がしていることを意識しながら、マクシムを見て、グラビアを見る。こちらを誘うかのような装いと姿勢をした娘達。
 モンブランは大きくため息を吐いた。
「そういうことは――人に聞く前に、自分から言うものだろう」
 重々しく何とかそれだけを言うと、切れの長い鳶色の瞳が忙しなく瞬いて、笑い声があがった。
「ははは、確かに、そうかもしれないね――そうだな、僕としては……」
 マクシムは雑誌を手に取る。顎に手を当てて、先ほどと同じように瞳を眇めている。しばらくの間。マクシムは雑誌をモンブランに手渡し、中央左の女性を指差した。
「この中だったら、彼女かな」
「――ふむ」
 ふんわりとした長い栗色の髪。目を惹くのは豊かな胸。強調するように己の腕で持ち上げている様は、そこに自信があるかのようだ。柔らかそうな僅かに丸みを帯びた体のライン。色っぽく魅力的と言える。
 特に感想も言わず眺めていると、マクシムがまた笑う。
「今度は貴方の番だ。貴方の好みはどの娘なのかな?」
「む」
「まさか僕にだけ言わせて、自分はだんまりなんてことをしたりはしないよね――モンブラン?」
「――」
 口をひん曲げて、せいぜい難しい顔でグラビアを眺める。
 特別な感情を抱かないように、意識しないようにしながら、一人一人眺めていく。どの娘も等しく魅力的ではある。そそられる――とでも言うような気持ちは覚える。けれどこの中で一人と言うのならば――モンブランは左から三番目の娘を無言で指差した。
 マクシムの視線がそちらに動き、頷きが一つ。
「――なるほど。彼女はこの中でもなんというか神秘的な雰囲気があるね。まるで――人形のような」
 モンブランが指差したのは癖のない黒髪の娘。全体的に細身のたおやかなライン。硬質ではあるが、滑らかな手触りをしていそうな肢体。人形のようという比喩は的確だ。
「まあ……この中では、というだけだからな……」
 強がりのような妙な物言いに、マクシムは何も言わなかった。ただ訳知り顔な微笑みを浮かべている。気まずさに顔を逸らして、ことさらゆっくりと茶を啜った。
 そのまま何故か、グラビアに写る女性に関してあれこれ話す流れになった。
 この女性の足の線が綺麗だとか、腰がもう少し細い方が良いとか、尻が大きすぎてバランスが微妙だ、だが表情は色っぽい等々……淡々と客観的に感情を交えない批評が続く。本来この手の雑誌を前にするような会話とは明らかに質が違う。休み時間にこの手の雑誌で盛り上がっていた連中は、こんな雰囲気ではなかったはずだ。
 何人かの女性の批評をしあったところで、モンブランは短く笑う。
「君は――胸にこだわりがあるのか」
「ッ……」
 茶を啜ろうとしていたマクシムが咳き込む。先ほどの仕返しに敢えて狙ってのタイミングだ。
 恨めし気な視線。マクシムは前髪を掻き上げた。
「こだわりって……」
「一番最初の女性もそうだったが、どちらかというと胸が大きめの女性を選んでいるように思うが」
「ッ――ま、まあ……うーん……」
 口元を片手で覆うようにして考え込んでいる。伏せた睫毛が細かく揺れている。
「まあ……ないよりは、程よくあった方が――って何を言わせるんだ」
「別に俺は言わせてるつもりはないが?」
「――まったく人が悪いな……。そういう貴方は、どちらかというとスレンダーで儚げな印象の女性が好みみたいだね」
「――」
「最初の女性も人形のようだったし。他にも細身の女性の方に好意的な評価だった」
「……別に好意的な評価などしていたつもりはないが」
「フフッ――まあ、そういうことにしておいてもいいけれど」
「……チッ」
 マクシムにはつまらない誤魔化しや強がりは通じない。マクシムの誤魔化しも強がりも、モンブランには通用しないように。それが付き合いの長さと深さゆえであることはわかるが、面白くはない。
 最後のページまで進んだ雑誌が閉じられる。
 二人を包む空気は、なんとも微妙なまま。残り少ない茶を啜り、パウンドケーキのかけらを頬張る。食器の立てる微かな金属音だけが時折響く。
 無表情に裏表紙の広告に目を向けているマクシムの横顔を見て、モンブランは躊躇いつつも口を開いた。
「マクシム」
「ん?」
「実際には――どうなんだ」
「……実際?」
 裏返しに置かれた雑誌を表に向ける。色気のある微笑みが、露わになる。
「好みは好みとして、実際はまた違う場合もあるだろう」
 マクシムは首を傾げ、モンブランを真っ直ぐに見つめてくる。無言で逸らさず受け止めると、小さな笑いが落ちる。
「それはつまり“実際の経験”的なものを聞いているのかな」
「――まあ……そうだな」
 話の流れのせいか、なんとなく興味が沸いた。普段ならばこんなことを聞こうとは思わなかっただろう。成績優秀品行方正、将来的にはこの学園の生徒会長になるだろうと言われているマクシム。ごく生々しい会話をしたせいか、そんな男にもっと踏み込んでみたくなった。
「僕も貴方と同じで、初等部から学園に通っているからね。ずっと寮生活だから“そう言った関わり”のようなものがあるとすると、すごく限定的な機会になるってことは、貴方もわかるだろう」
「そうだな」
「この学園は上流階級の人間も多いから、婚約者やそれに近い存在がいる生徒も何人もいるけれど、僕の家はそういう家でもない」
 マクシムの家も、モンブランの家も、爵位を持っているような家の子供が何人もいる学園では、ごく普通といっていいレベルだ。
「だからまあ、実際にと言われても、だけれど……う……ん」
「何か――ありそうだ」
 マクシムが癖の強い前髪に無意識と言った風情で触れるのは、何か考えや想いがあって迷っている時だということを、モンブランは知っている。
「いや。ないと言えばないんだ。ただ――子供の頃の事を、思い出して」
「子供の頃?」
「僕がまだ初等部の頃だ。妹の所に家庭教師の女性が来ていた」
「家庭教師――君の妹君は確か中等部からイスカルナ女学院に入るという話だったか」
「そう。母の希望でね。あそこは本当に淑女が通う女学院だということだから、小さい頃からそれなりの準備をさせたいという考えだったようだ。だからイスカルナ女学院の卒業生である女性に家庭教師を頼んだ」
 マクシムはもう茶の入っていないティーカップを両手で包み込むようにして眺めている。
「僕のその人との関わりは、長期休暇で家に帰った時だけだったけれど、凄く優しくしてもらった。時には妹と一緒に、勉強を習ったりもしたよ。細やかなことに気付く、心配りの出来る人で、世間の評判通りのイスカルナの乙女そのものだった」
「イスカルナの乙女……か」
「だからといって何があったわけではないよ。ただ――“気持ち的なことを実際の経験とする”ならば」
 鳶色の瞳に、優しい光が宿る。
「憧れていた、と、思う」
 真っ直ぐで素直な言葉。その照れも臆面もない正直な告白に、モンブランの方が気恥ずかしさを覚える。そっと眼鏡の弦を押し上げて
「――君らしいな」
 カップに僅かに残っていた茶を飲み干す。短い溜息を一つ。綺麗に空になったカップを眺め、マクシムも飲み終えていることだし追加を注ごうか迷っていると、細かな笑いが聞こえる。瞳を上げると、意味ありげな視線でマクシムがこちらを見ていた。
「――なんだ」
「フフッ――さっも言ったじゃないか、モンブラン」
「む」
「僕だけに話をさせて、貴方はだんまりかい?」
「――やはり、そうくるか……」
「紅茶の追加を淹れてくれようと思っているのは、ありがたいけれど、それよりも先に貴方の話が聞きたいな」
 思考を読まれている。紅茶を淹れることを言い訳にした中座は、許して貰えないようだ。
「君が――素直すぎるんだ」
「貴方に聞かれたことを、僕が答えないってことはない。誤魔化しても無駄だってわかっているからね。そんなことは貴方ももうわかってるだろうに」
「まあ、そうだが」
 本当にマクシムには敵わない――モンブランは苦い笑いを零す。短く息を吸い、腹を括る。
「……俺も君と同じで初等部からこの学園に通っているし、家も上流階級と言うわけではないから“実際の経験”なんてものはない――が」
 マクシムの幼い日の話に、刺激されるように脳裏に過った面影が一つ。
「――幼馴染が、一人、いた」
「幼馴染」
「初等部にあがるよりも前の話だから、もう随分と記憶が遠いが――よく遊んだ女の子が、一人だけ」
 短い金の髪が陽光に煌めいていた。しかとは思い出せないが、よく笑う少女だったように思う。
「毎日のように遊んでいた相手だが――こんな話でもしなければ、忘れていた。だから“実際の経験”かと言えばまったくそうではない」
「そうか――でも……思い出の相手としては、悪くない存在だったみたいだね」
 思いも掛けない言葉。呆然とマクシムを見ると、優しい微笑みが浮かんでいる。
「何故、そう思う」
「貴方の懐かしいものを見るような目が柔らかかったから」
 相変わらず、真っ直ぐに斬り込んでくる。瞑目して、体の力を抜くように息を吐く。
「まあ――大切な、思い出の相手では、ある、な」
 思い出されるのは笑顔の名残。心の奥が少し暖かいのも、それが悪い記憶ではないからだろう。
「今はもう、会うこともないのかい。幼馴染ならば、帰省した機会に会える可能性もあるんじゃないのかな?」
「俺がアストルニに通うようになってからは一度も。家で特に話題にもならないから今どうしているのかも、わからないな」
「ふむ……まあ……そういうものかもしれないね――家から長く離れている僕たちは」
 どこか淋しげな鳶色の瞳。きっと自分の瞳も同じものを湛えているに違いない。
 生まれ育った家よりも、長い時間をアストルニ学園で過ごしているモンブランとマクシム。築き上げて続いている人間関係はこの学園に来てからのものばかり。休暇にしか戻らない実家での幼い頃の繋がりは、殆ど希薄になってしまった。
 思い出に沈む空気。懐かしい記憶を二人とも反芻している。帰省したばかりなのに、まるでホームシックにかかったかのようでもある。
 それでも、悪い空気ではなかった。
 マクシムは残っていたパウンドケーキを口に入れながら、何かに気付いたように目を瞠った。瞬きが三度、鳶色がモンブランを見る。
「ところで」
「ん?」
「その幼馴染は、やはりたおやかな人形のような女の子だったのかい?」
 しんみりとした空気を振り払うような、マクシムの問い。笑いを堪えているかのような表情が、憎たらしい。モンブランはわざとらしく肩を竦める。
「初等部にあがるよりも前の子供だぞ……。ごく普通の子供だったに決まっている」
「フフッ――それもそうか」
「君の方はその家庭教師の女性は豊かな胸の持ち主だったのか?」
 マクシムもモンブランの真似をするかのように肩を竦めた。
「まあそれなりに、女性らしいスタイルの方だったように思うけれど――そんなところは子供心にはどうでも良かったかな」
 顔を見合わせて、笑う。笑い声が揃った。空気が和む。
 笑いながらモンブランは立ち上がり、二つのティーカップを持って、調理場へ行く。薬缶を火に掛け、普段ならばそのまま同じ茶葉で追加を注ぐのだが、今日は何となく新しく茶葉を取り換えた。ついでにパウンドケーキをもう一切れずつ切り分ける。
 ケーキ皿を取りに一度戻ると、マクシムは自分の本棚の前で何かを思案している。
「どうした」
「ん――いや、どうしようかなと……まあここでいいか」
 大きく容量が充分ある本棚には、ぎっしりと様々な本が詰まっている。その一番下の段。背の高い本を入れられるように高めに棚がしつらえられた場所――マクシムは先ほどまで二人で見ていたグラビア雑誌を手に取り、そこに入れた。
 モンブランは目を丸くする。
「仕舞っておくのか……」
 マクシムは悪戯っぽく笑う。
「ここに入れておくから、いつでも“必要な時があったら”持って行って構わないよ」
「は……? “必要な時”、だと……?」
「僕も貴方も“年頃の男子であることだし”――ね」
 あっけらかんとした物言いに、息を呑む。完全に面白がっている表情と物言い。文句を言おうとして言えず、絞り出すことが出来たのは
「――冗談が……キツイぞ」
 あまり力の入らない、抗議。
 楽しげな笑い声が上がる。
 同時に――薬缶の鳴る高い音が調理場から聞こえた。



 その後、その雑誌を二人が手に取ったことがあるかは、定かではない。



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