ククリア学園 変わらぬ朝と甘い爆弾

ククリア学園

-Astorni & Isukarna-

変わらぬ朝と甘い爆弾

 
 アストルニ学園第一寮A棟三〇二号室。
 マクシム・マレットの朝は早い。起床は朝六時。目覚ましをかけてはいるが、常にその数分前には自然と目が覚める。
 同室のモンブラン・ビーニャスも同様で、二人とも目覚ましが鳴った瞬間にそれを止めて、ベッドに体を起こす。
 一度軽く伸びをして、顔を巡らせると丁度モンブランは眼鏡をかけている。
「おはよう」
「おはよう」
 同室になり親しくなってから五年。毎朝繰り返されている朝の挨拶。
 マクシムから洗面所に向かい、顔を洗い、軽く口をゆすぐ。その後即、モンブランと場所を変わり、着替えをする。寝間着を脱いで学園の制服を身に纏う。まだタイは締めず、上着も着ない。その状態で姿見を見て、服の皺などを確認する。
 そうしてだいたいの身支度が終わると
「マクシム」
 モンブランが洗面所から出てきて声をかけてくる。彼の方は、既に髪も整えられて、後は制服を着ればいい状態だ。
 頷きを返して、再度洗面所に入り、歯を手早く磨く。そして自分の櫛とドライヤーを手に鏡に向かう。マクシムの金髪はモンブランと違い癖がある。そのため起床後に整える際、より時間がかかるのだ。
 特に癖の強い前髪のセットには難儀することもある。巧くは自分でも説明できないが、巻きの具合にこだわりがあり、そのイメージ通りにならないと納得がいかない。それなりの時間、自分の髪の毛と格闘する羽目になる場合もままある。
 幸いにも今日は、そこまで時間もかからずに、髪を整えることが出来た。鏡に写る自分を確認、洗面台に落ちた髪の毛を片付けた後、洗面所から部屋の入口へ。扉に備え付けられたポストから朝刊を取り出す。
 そうして朝刊を手に部屋に戻ると、モンブランが淹れたての珈琲を机の上に置いてくれていた。
「ありがとう」
 礼を言うと笑みだけが返ってくる。
 椅子に腰かけ、ありがたく珈琲を頂く。モンブランも自分の珈琲を口に運んでいる。
 何年も変わらない、マクシムとモンブランの朝の風景だ。
 珈琲を飲みながら、ざっと朝刊に目を通し、モンブランに渡す。興味をそそられる記事は記憶しておいて、後で時間がある時にじっくり読む。
 朝刊の代わりに、机の脇に置いた書類を手に取る。間近に迫った交流会に関する書類だ。会場のテーブルなどの配置及び、人員の配置に関するもので、近日中におおよその所を決定しなくてはならない。会場の配置に関してはだいたいのところ方向性が定まってきたが、人員配置に関しては難航している。
 中等部高等部各学年から十名ずつ係となる生徒が選ばれたが、彼らを効率的に動かせるようにしなくてはならない。各部署に何人、誰を配置するか。名簿を見て思案していると、小さな笑い声がした。
 顔を上げると、モンブランが新聞を片手に笑っている。
「まったく。朝から難しい顔だな」
「――む。そんなつもりはないけれど」
「いや。盛大に眉間に皺が寄っていたぞ。まあ、交流会に関することだろうから仕方ないと言えばそうだろうが――人員配置の件か。その書類は」
「ああ。一両日中にはある程度決定するべき優先事項だからね」
「そうだな。その上で、当日のタイムテーブルも構築をしていきたいところだ」
 新聞を畳んで脇に置くと、モンブランも自分の机から、書類を取った。マクシムが手にしているものと同じ書類だ。
「中等部高等部各学年から選出された計六十名。彼らをどのように配置するか」
「適材適所があるとは思うけれど、そんなことが僕らにわかるはずもないからね」
「フッ――そうは言っても、君はこの半分くらいはだいたいの人となりを把握しているのではないのか」
「――まさか。まあ高等部の三十名に関してはそれなりには……だが、中等部に関しては第一寮に所属してる面々がせいぜいだ」
 モンブランは声を立てて笑いだす。
「半分以上じゃないか。俺は同級の面々と先輩数人くらい――それくらいで“せいぜい”と言うものだ」
「それでも何となく知っているだけでは、あてにならないからね。本当にわかっていると言える人数は僕だって貴方と変わらないと思うよ」
「俺は君ほど顔が広いわけではないからな――まあ、ある程度の所を決めながら、後は教師陣の意見を聞いた方がいいだろうな、この件に関しては」
「そうだね。特に中等部の方は各学年主任に話を聞きに行くべきかな」
「では今日の昼休みか放課後にでもそうしよう。早い方がいいだろう」
「朝食の後に話を聞きたい旨を伝えて、昼休みか放課後に時間を作ってもらえるようにしようか」
「ああ。それがいいな」
 朝食前の時間を使った、珈琲を飲みながらの二人の会話。
 会話の内容は様々だが、これも二人の日常と言えるものだ。あくまでもゆったりと穏やかな空気の中、モンブランが淹れたほろ苦い珈琲を口にしながら言葉を交わす。マクシムはこの時間を大切に思っているし、おそらくモンブランもそうだろう。そんなことを敢えて口に出すことはないけれども。
 あれこれ話している内に時間は過ぎる。時計を見れば、もう間もなく七時半になる。
「時間だな」
「行くとしようか」
 立ち上がり、姿見の前で手早くタイを結ぶ。
 上着は羽織らず手に持って、マクシムとモンブランは自室を出た。





 寮の一階東側にある食堂。朝食夕食は基本的にそこでとることになっている。
 朝食は朝七時半から。始業は八時四十五分からで、だいぶ余裕があるように思えるが、食堂の利用自体は始業時間を考えて八時半までと決められている。
 基本、余裕を持って行動することを好むマクシムとモンブランは、それ故、七時半を僅かに過ぎた頃合いに食堂に入るようにしている。
 一寮の人数はだいたい三百人。その全員が同時に食事をしても問題のない容量のある食堂は広い。それでもピークの時間帯には大勢の寮生でごった返す。食堂が開いて間もない時間は出足がそこまでではないことも、二人がこの時間を選んでいる理由だ。
 食堂右手奥の配膳エリアに並べられたメイン料理のプレートを自分で取る。朝はパンが食べ放題で、籠に何種類かのパンがこんもりと盛られている。牛乳、オレンジジュース、紅茶、珈琲と飲み物も好きなものを選ぶことが出来る。
 メイン料理のプレートにパンを二つ、オレンジジュースのコップを取って、マクシムは席に向かう。
 何年も同じ食堂で同じ時間に食事をとっていると、なんとなくそれぞれに決まった席のようなものが自然と出来る。絶対にこの席と言うわけではないが、だいたいこの辺りで食べるという暗黙の了解があるのだ。中等部に上がったばかりの者と高等部から編入してきた者は、年初、その辺りの空気を読まなくてはならず苦労するのだが、四月も終わりに近づいた今では段々と慣れ始めているようだ。
 マクシムとモンブランは食堂奥窓際から二列目、配膳エリア側から数えて三つ目の大テーブルの辺りで食べる。特に理由はないが、もう何年もその辺りが定位置だ。テーブルの一番端の席に向かい合って座る。
 今朝のメニューはカリカリのベーコンが添えられた二つ目の目玉焼きと、サラダ。ごく一般的な朝食だ。
 オレンジジュースを口にしながら、マクシムは目玉焼きに塩を振るモンブランを眺める。モンブランは塩をかけた後、胡椒を少し振った。
「モンブラン」
「ん?」
「目玉焼きには、塩と胡椒が定番だね」
「まあそうだろうな」
 モンブランは眼鏡の奥の瞳を少し瞠って瞬いた。
 テーブルに置かれた塩の瓶を取って、マクシムも目玉焼きに振る。
「あまり他のものをかけようとは思わないけれど、もし塩胡椒以外だったら何が良いだろうか」
「目玉焼きに、かけるもの、か」
 パンにバターを塗りながら、モンブランは視線を目玉焼きに落とし、次いでテーブルの上に並んでいる調味料に向けた。塩胡椒の他に、一般的な調味料――ソース、トマトケチャップ、マヨネーズ、ドレッシングなど――がまとまっている。
 塗り終わったパンを齧ってソースを手に取った。
「――ソースだな」
 マクシムの目の前に置く。
「ふむ」
 ごく普通のどこにでもある銘柄のソース。それを見つめ、再度他に並ぶ調味料を見てマクシムは思案する。記憶にあるソースの味を思い浮かべ、次いでその他の調味料に思いを馳せ
「僕としては――こっちかな」
 トマトケチャップをソースの隣に並べた。
 モンブランは眉を寄せた。
「ケチャップ――か。それはイマイチだな」
「何故?」
「何となく子供っぽい味になるような気がする。甘いというか」
「そうかな。僕はソースの方が主張しすぎていて、卵本来の味を隠してしまう気がする」
「ソースの方が、本来味気ない白身に力強い味わいを与えると思うが」
「んー……いや。やはりケチャップの方が全体に味を添えるという意味で、向いてると思う」
 そのまま二人はケチャップとソースについて言い合いをする。
「ケチャップは酸味が強すぎる」
「ソースは濃厚過ぎじゃないか」
「いや、だがそこがソースの良い所であって――」
 マクシムとモンブランは、長い付き合いだが喧嘩のようなものをしたことはない。意見が割れることはあるが、そこはお互いに言葉を尽くして、すり合わせている。どちらかが折れるということもなく、その時々で必ずお互いに納得をして終えるようにしている。場合によっては、時間がかかることもあるが、日を跨いだことはない。
 今の、ケチャップとソースに関する論争とも言えないような会話は、ただじゃれ合ってるようなもの。どちらもまるで本気ではないし、内心はどうでもいいと思っている。どうでもいい、結論を出す必要もないことに関して言葉を交えることを楽しんでいる。
 塩胡椒をかけた目玉焼きを口に運びながら、ケチャップとソースに関する話は続く。段々どちらも味に関する表現が大袈裟になり飛躍しているが、それもどうでもいいので突っ込むことはない。如何にもっともらしく目玉焼きとケチャップ、ソースの関係を語れるかということが重要だ。
 そんな様は端から見ると、だいぶ熱い議論をしているように見えたのだろう。二人のテーブルの横を通りかかった者が足を止めた。
「なんだ。マレットとビーニャスが言い争ってるって珍しいな」
 同時にそちらを見上げれば、同級のアヅマ・アカツキが立っている。日課のジョギングをしてきたところなのだろう。首にタオルをかけて、タイはおろかベストも身に着けていないシャツのみの姿。寮は寛ぎの場所と言うこともあり、あまり身なりに関する注意はされないが、彼の場合学内でも現在の姿に近い恰好をしていることが多い。当然教師に頻繁に叱責されるのだがどこ吹く風だ。
 モンブランは眼鏡を押し上げた。
「言い争っているわけではないが、目玉焼きに関してちょっとした議論をな」
「目玉焼き?」
「目玉焼きには、ケチャップとソースどちらがいいかなと」
 机の上に並んだ、二つの瓶をマクシムはアヅマ・アカツキに示して見せる。
 アヅマ・アカツキは、モンブランとマクシムを見て、目玉焼き、ケチャップ、ソースと順番に視線を送り

「生クリームだろ?」

 そう、言った。さもそれが当たり前であるというように。
 瞬間、場に戦慄が走ったのをマクシムは感じた。否、マクシム自身も戦慄した。正面のモンブランは表情がない。ないどころか、顔面を含め全身が硬直している。
 何か聞き間違いをしたかとも思ったが、そうではない。アヅマ・アカツキは体育会系故に、声がよく通る。そのせいでマクシム達のテーブルに近い者達にも、その発言は届いたらしい。明らかに動揺の空気が広がっている。
 その発端であるアヅマ・アカツキはそんな周囲に頓着することもなく

「ジャムもいいぞ」

 更なる爆弾を場に投下した。
 何かを吹きだす音、咳き込む音、胸を叩くような音がそこかしこから聞こえてくる。右隣の席に座っている先輩達は、猛烈な勢いで飲み物を口にしている。凄まじい追い撃ちだった。
 それを何とか受け止め、マクシムは心を落ち着かせるつもりで大きく息を吐いた。偶然にもそれはモンブランのため息と重なった。視線を交わして、もう一度同時にため息。
「モンブラン」
「――ん?」
「ソースはありだと思う」
「ああ――ケチャップもありだな」
 重々しく議論の終結を宣言して、アヅマ・アカツキを振り仰ぐ。言葉もなく、ただ見つめる。
 二人の何とも言えない視線を受けて、
「なんだよお前ら、その顔は……美味いんだぞ、卵には合うんだ」
 微妙な顔で頭を乱暴に掻くと、アヅマ・アカツキはそれ以上は何も言わず配膳スペースの方へと歩いて行った。
 その姿を見送って、三度目のため息。マクシムとモンブランは顔を見合わせて苦笑する。
「アカツキが甘党なのは知っていたが……あれは本気か?」
「本気なんじゃないかな。彼はああいう冗談をいうタイプではないだろう」
「いや、だがそれにしても……なんだかもう“甘党という域”を越えてないか?」
「甘味に対する飽くなき探求心――と言えばいいのかな」
「むしろ俺は味覚を疑いたいが……このテーブルの周囲が皆動揺してるぞ」
 二段構えの爆弾の威力は大きく、二人の座る周囲のテーブルに着いている者達は、落ち着かなげにしている。
 耳をそばだてれば、目玉焼きにかけるものに関して、お互いに“確認している”者達もいる。
 斜め後ろの方から
「なあ、ジャムあるからやってみろよ」
 と聞こえた。
 確かに、今日はブルーベリーのジャムがついていた。マクシムは使っていないので、プレートに置かれたままだ。
 背後の会話は続いている。
「嫌だよ……君が自分でやればいいじゃないか。なんで僕にやらせようとするの」
「だって俺、繊細だもん」
「……君が繊細だったら僕なんか神経症に違いないよ」
「何か言ったか?」
「ううん――なんにも」
 そこまで聞いてマクシムはジャムの容器を手に取った。モンブランもそれを見つめている。
「まさか、試すのか」
「それこそまさかだよ……。でも――」
 目玉焼きの乗っていた皿に視線を落とす。
「菓子と言うものは卵で出来てるものが多い。そして目玉焼きには、卵本来の味以外はない。だから――」
 言葉を溜めて、モンブランを真っ直ぐ見据える。
「“目玉焼きは食事の主菜である”という固定観念を捨て去れば――あるいは」
 重々しいマクシムの言葉に、モンブランは瞳を眇め、瞬間だけ思案するような表情をして――首を振った。
「俺は、固定観念に囚われたままでいい……」
 そのどこか疲れたような結論に、マクシムも完全に同意である。ジャムの容器をプレートに戻して肩を竦めた。
「目玉焼きには塩胡椒でいいってことだね。ケチャップもソースも悪くはないだろうけど」
「まったくだ。しかし、生クリームはともかくとして、アカツキは本当にこのジャムを目玉焼きにつけて食ってるのか?」
「どうなのだろう……」
 首を巡らせれば、窓際、入口に近い方のテーブルで同級生数人とアヅマ・アカツキは食事をしているようだ。メニューは全員同じなので、彼も目玉焼きを食べているはずだ。
 だが。
「――なんとなく確認したくはないかな……」
「――だな」
 揃って小さく笑う。
 マクシムは残っていたオレンジジュースを飲み干し、モンブランはパンの最後のかけらを口に入れた。
 時間は八時十分になろうとしている。“事件”があったためか、普段より時間がかかった。お互いに食事を終えたことを確認して、立ち上がる。
「あまり時間がないな」
「そうだね。急いで部屋に戻って授業の仕度をして――まずは教員室かな。生徒会室に寄る時間はなさそうか」
「まあ仕方がない。交流会の人員配置の件を教師陣に確認するのが最優先だ。一限目は――」
「物理。今日は小テストをやるとか言う話だったかな」
「――そうだった。今の範囲は、どちらかというと苦手なんだが」
「フフッ――そうは言っても、貴方は何度か繰り返せば、確実にものに出来るじゃないか」
「今の所は、まず繰り返すのが億劫だ」
 話ながらも食器を手早く片付ける。すれ違いにされる挨拶に頷きと挨拶を返しながら、未だ賑わう食堂を抜ける。
 駆け足気味で三階の自室に戻り、授業の仕度をして、即部屋を出る。先ほどは手に持っていた上着を羽織り、ガウンも身に着けた。
 アストルニ学園の双璧と謳われるマクシムとモンブランの多忙な一日が始まる。


※この創作はこちらの話とリンクしています
紳士二人、乙女二人-目次-

コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
カテゴリ
検索フォーム
QRコード
QR