ククリア学園 手袋の真実-紳士二人、乙女二人-
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ククリア学園

-Astorni & Isukarna-

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手袋の真実-紳士二人、乙女二人-

 
 セリーナ・ギローは迷っていた。
 彼女は普段基本的に、物事を実行に起こすときは即断即決である。故に、その勢いのままに出てきたのだが、“この件に関しては”我に返った。
 テラスハウス一階の正面玄関。片付けに奔走する学園の係の生徒に庭園職員、帰り支度に右往左往する女学院の生徒が入り乱れるそこで、セリーナは我に返った。
 手の中にある紙片に――控室に備え付けられていたメモ帳の一ページだ――目を落とす。その面には、セリーナ自身が走り書きをした。聖イスカルナ女学院の住所と寮の詳細な部屋番号――フェルタ寮東棟三〇五号室――セリーナ自身の部屋番号を。
 紙片をそっと胸に抱きしめる。この紙片で自分の所在を明らかにするべく、控室から出てきた。書いて、出てくるまではもうそれを渡すことしか考えていなかったが、正面玄関で慌ただしく作業をする学園生徒を目の当たりにして、冷静になったのだ。
 どうやって、渡せばいいのか――と。
 簡単にただ渡せるようなものではないし、相手ではない。忙しそうな学園の生徒。その中でも“あの人は一番忙しくしているに違いない”のだから。
 セリーナの脳裏に思い浮かぶのは、切れの長い鳶色の瞳。いつも自分を見る目は優しかった。彫りが深く、頬骨の高い顔には優しい微笑みが浮かんでいる。耳に心地よい低い声は、何故だか甘いように感じられた。
 アストルニ学園の双璧と謳われる生徒会長の一人、マクシム・マレット――セリーナは、彼のことばかり考えている。
 昨日、出会って少し会話をして以来、ずっと気になっていた。もう一度話せたらと思っていたところで、彼は凄いタイミングで現れた。
 アイネズを見送り、同級生と別れ、少し心細くなっていたところを、学園の生徒に声をかけられた。話していた内容は全然覚えていないが、とにかく色んなことを勢いよく喋る人で、なんとなく強引に近づかれ辟易していたところに来てくれたのだ。
 本当に嬉しかった。
 彼の事は視界の端に、何度か目にしていた。相変わらず忙しそうに動き回っていて、とても声を掛ける気にはならなかった。
 その人が、自分から来てくれた――まるで危機的場面に颯爽と現れる王子のように。
 そのまま成り行きで、二人でいることになり、少しだけ話をした。彼の立場に気を遣って、会話とも言えないような形で、言葉を拾いあっただけだけれど。
 本当は、ちゃんと向き合って話したかった。彼の優しい視線を、受け止めたかった。笑顔を向けて、一緒に笑いたかった。でも――彼は忙しい人なのだからと言い聞かせて、それをしなかった。
 結果なんだかとても微妙な、落ち着かない空気で二人、佇むことになってしまった。
 そんな時に、言われた。
 もっと色んな話をしたいと。それも、

 ――二人で、ゆっくりと。

 などと。
 瞬間想ったことは――ああ、やっぱりこの人はずるい――ということだった。
 なんで、そんなに優しい顔をするのだろう。なんで、そんなに甘くて切ないような声で言うのだろう。なんで、そんな――

 ――愛おしいものを見るような目を向けるのだろう。
 
 そのすべてが、言葉の内容と共に、セリーナの呼吸を止めた。
 あまりにも、衝撃の方が大きくて「光栄です」と社交辞令的な返事しか出来なかった。言葉の内容をしっかりと喜びとして受け止められたのは、彼と別れた後だった。
 彼は――マクシム・マレットは、自分との“これから”を望んでくれたのだと思う。二人で、ゆっくり話す――それは、今回のような場では、出来ないことだから。
 マクシム・マレットは言葉にして、乞うてくれた。
 だから今度は自分が応える番――

 そう思って、出てきたのだが。

 セリーナは、深く長いため息を吐いた。
 直接渡すわけにはいかない。今日の礼を改めて言いに行ってその時にさりげなくと思ったが、やはり不自然だ。
 男女交際厳禁とされる女学院、学園の生徒が連絡先のやり取りをする。それは憚られるべきことだ。その上、マクシム・マレットはその規則を戒めるべき立場の生徒会長なのだ。
 作業の邪魔にならないように、正面広間の隅に寄る。手の中の紙片を見つめて、ため息を吐く。
 いくら考えても、自然とこれを渡す方法は思い浮かばなかった。そろそろ控室に戻らなければ、アイネズが心配するだろう。セリーナは広間中央の階段に回り、足を掛け
「――姉さん?」
 背後からの呼びかけに、動きを止めた。
 振り返ると
「――ジェラール」
 アストルニ学園の制服を着た弟が、少し離れたところに立っていた。二人同時に笑顔で駆け寄る。
「ジェラール。一か月半ぶり――かしら? ふふふ、少し背が伸びた?」
「一か月半でそんな伸びるようなら苦労しないよ……姉さん……」
 弟は年齢より幼く見える顔に、苦笑いを浮かべている。
「アナタも参加してたのよね、そう言えば。この二日一度も顔を合せなかったけれど」
「そりゃあそうでしょう。僕は中等部の会場にいたからね。姉さんは高等部の西庭にいたんでしょう?」
「ふふふ、そう言えばそうね。あたしも中等部会場には行ってないし――そう言えば、ジェラールはレティーシャちゃんと過ごせたの?」
 女学院に通う弟の想い人の名を出せば、彼はあからさまに頬を染める。
「ま、まあ一応……。だいたい他の友人たちも一緒だったけどね……」
「あら、そうなの? それは少し残念ね」
「うん。でも二人で話すこともできたし――綺麗だったから」
 顔を赤くして、しみじみと言う様がなんだかかわいくて、セリーナの弟を見る瞳も細くなる。
「彼女、ドレスが良く似合っていて――って、姉さんはもう着替えちゃったんだね」
「そりゃそうよ。だってもう帰ろうとしてるところなんだし」
「残念。気合いを入れて着飾ってただろう姉さんを見たかったな」
「別に気合いなんか入れてないわよ。普通にしただけ」
「普通に気合いを入れてたんだね、きっと」
「あら……口が減らないんだから」
 顔を見合わせて、声を揃えて笑う。セリーナとジェラールは年が近いということもあって、仲の良い姉弟だった。
 アストルニ学園中等部三年のジェラール。彼には幼馴染の恋人がいて、彼女はセリーナと同じ聖イスカルナ女学院に通っている。そんなこともあり、セリーナは個人的な手紙のやり取りなどの仲介を二人の為にしている。
 女学院と学園の生徒同士の恋愛には困難が伴う。故に協力者がいることが多いのだ。
 セリーナはジェラールと笑いながら、そのことを考えていた。ジェラールはアストルニ学園に通っている。今、セリーナの心を占めている人も、同じ学園に通っているのだ。
 だから、ジェラールに仲介して貰えば――セリーナは大きく目を見開いて、ジェラールを見つめる。頭の上からつま先まで視線を動かして――彼に取りすがった。
「? どうしたの? 姉さん」 
「ねえ、ジェラール」
「な、なに?」
「その手袋――貸して」
「へ?」
 ジェラールの手には白い手袋が――今日の交流会で学園の生徒が着用するように義務付けられていた手袋だ――握られている。会が終わったということで、外しているのだろう。
「この手袋? なんで?」
「いいから、貸して――って、片方だけでいいわ」
「は? う、うん……」
 ジェラールはセリーナの勢いに押されて、手袋を片方差し出してきた。セリーナはそれを胸元に抱きしめる。本当に心の底から嬉しそうに。ジェラールはそんな姉の様子に目を白黒させる。
「ね、姉さん……?」
「ジェラール」
「う、うん」
「遺失物って、どうするのか知ってる?」
「へ? え、えーっと……確か、明らかに女学院生徒のものと思われるもの以外は、一括して学園で保管……って話だったかな」
「そう」
 セリーナは満面の笑顔を弟に向ける。
「じゃあ、この手袋は学園で保管されるだろうから、明後日以降保管場所へ探しに行ってね」
「学園で保管……って、はあ? な、何を言って……」
 素早く弟から離れ、正面玄関の方へ身を翻す。
「ちょ、ちょっと、姉さん?」
「ありがとう、ジェラール。もし万が一見つからなかったら言ってちょうだい。休暇で帰った時に、新しいの買って返すから」
 言うだけ言って、戸惑う弟を残しセリーナは駆け出す。こうなったらもう彼女は止まらない。向かう場所はただ一つ、前庭にある本部。
 多分そこに――彼がいるから。



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